甘竹秀企(アマタケ社長)の年収や大学は?売上げや経営方針と震災の乗り越え方!

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3月15日のカンブリア宮殿に出演される、サラダチキンで有名な

「アマタケ」の甘竹秀企(あまたけ ひでき)社長。

大ヒット商品を生み出したのは、どんな経営方針があったのでしょうね?

これだけの売り上げがあったら、

社員や社長である甘竹秀企社長の年収も気になるところですね^^

甘竹秀企社長の年齢や出身は?

甘竹秀企

http://www.amatake.co.jp/amatake

氏名:甘竹 秀企(あまたけ ひでき)
生年月日:1966年(52歳)
出身地:岩手県大船渡市

甘竹秀企社長は、岩手県大船渡市の出身なんですね。

2011年の震災の時の対応がすごかったようです。

これについては、後程触れますね^^

甘竹秀企社長の経歴は?

1989年  慶應義塾大学法学部卒業

自動車メーカーを経て、

1991年  USアマタケ入社、副社長に就任。

1998年  株式会社アマタケ取締役

2001年  専務取締役

2004年  代表取締役社長就任

出身高校は不明ですが、岩手県の上位高校なのでしょうね。

甘竹秀企氏は、慶應義塾大学卒業後、一旦は自動車メーカーに就職します。

約2年程でアマタケUSに入社し、24歳の頃に副社長になります。

おそらく会社名が「アマタケ」おそらくなので、

先代が甘竹秀企社長の父親だったんでしょう。

最初に自動車メーカーに勤めたのは、

違う業界に入ることで見聞を広めるためだったと思われます。

いきなり親の会社に入るのではなく、

まずは違う会社に入って基本を学び、

その後、親の会社を継ぐというのはよくあるパターンです。

八ッ橋総本店の一人娘のこの方もそうでした!

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そうして、2004年の37〜38歳のころに代表取締社長になります。

父親が高齢になり、早めに世代交代したのでしょうね。

株式会社アマタケとは?

アマタケは、

昭和39年に「甘竹飼料店」として創業され、

この頃から鶏肉メーカーとして鶏肉食品の開発がされています。

そして、

今の「アマタケ株式会社」には、昭和63年の頃に社名変更がされました。

会社の信頼度も評価されていて、

平成元年にはケンタッキーフライドチキンの認定工場にもなっています。

甘竹秀企氏が代表取締役になった後の

平成20年にはモスバーガーとも手を組み商品開発を行い、

その後も自社ブランドの商品もどんどん開発していっています。

また、単に商品を開発するだけでなく、

その原料となる鶏肉の品質を向上させるために、

環境への取組や農場の設備強化も行ってます。

カンブリア宮殿でも取り上げられた

「ひと手間カンパニー。アマタケ」は、

平成28年4月に開始されたばかりのスローガンで、

このときにサラダチキンが誕生しています。

近年のヘルシー志向と筋トレブームが

鶏むね肉を使ったこの商品が大ヒットした要因でしょう。

http://sakagami-cl.sblo.jp/article/182278489.html

会社概要は、

社名    株式会社アマタケ

岩手本社  〒022-0003
岩手県大船渡市盛町字二本枠5番地
TEL. 0192-26-5205(代) FAX. 0192-27-6234

東京本社  〒162-0842
東京都新宿区市谷砂土原町1-2-29 K.I.Hビルディング2F Map
TEL. 03-5227-6411(代) FAX. 03-5227-6419

創業    昭和39年2月
資本金   1億円
売上高   年商100億円(平成29年3月期)
従業員数  480名(平成29年6月現在)

役員
代表取締役社長 甘竹 秀企
専務取締役   村上 守弘
専務取締役   菅野 朗
常務取締役   甘竹 信吾
常務取締役   鈴木 和明

常務取締役には、「甘竹信吾」さんの名前がありますね。

おそらく息子さんなのでは?と思います。

甘竹秀企社長の経営方針と震災との関係

甘竹秀企社長は2011年の震災の被害に遭っています。

その時に社長が残した言葉があります。

変わらない毎日を
支えてくれた人たちへ。
ゼロからの出発から6年が過ぎました。

できなくなってはじめて気付かされたのです。
変わらない毎日があることを。

2011年3月11日、多くの企業が大切にしてきたものを失いました。
長年に渡り、「南部どり」「岩手がも」を育ててきたアマタケも、
目の前の現実を受け入れざるを得ませんでした。

大船渡本社工場、滝の里工場、高田工場、稼働不能。
飼料が止まり、農場の鶏全羽を処分。
津波により、冷凍庫に保管していた商品の在庫もすべて流出。
専用車両や飼料基地、専用プラント等も被災。

そして、社員10名の命が犠牲になりました。

東北では、原料の高騰、人手不足など厳しい現状が続いている中、
私たちは、宮城県多賀城市の新工場も完成し、
大船渡の本社工場とともに復興しています。

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何より、社員全員が一丸となって前を向いて一つ一つ解決してきたから、
そして支えてくれた人たちがいたから、
今日まで回復することができたのだと思っています。

復興にあたり献身的に協力していただいた企業やお取引様、
ふるさとの岩手県、新しい土地で迎えてくださった宮城県の方々、
いくつもの困難を乗り越えて働く社員とご家族のみなさま、
心から、ありがとうございます。

アマタケでは、今、社員が中心となって新しい活動を始めています。
「ひと手間」を合言葉に、創業からずっと積み重ねて来た
ひと手間をかけた商品づくりへの姿勢を
未来に向けて受け継いで行こうとするものです。

私たち「ひと手間カンパニー。アマタケ」は、
健康で安心・安全、おいしい鶏を育て、
お客様に喜んでいただける商品をつくり続ける企業として
変わらない毎日への感謝を一つの力にして
地域の発展につなげてまいります。

株式会社アマタケ 代表取締役社長
甘竹 秀企

https://ameblo.jp/aoisora-aoiumi-mori/entry-12258324750.html

震災を乗り越え、アマタケはより一層、

地域の皆様に愛されるような企業に成長しようと、

努力しているのですね!

震災の日があって、いまのアマタケの会社は社員・役員共に生まれ変わったようです。

震災の日、甘竹社長は都内にいたそうです。
会社に帰る間、いろんな情報が入り、
「かなり深刻な事態」と感じます。

もちろん岩手、大船渡本社とは連絡付かず。

やっとの思いで、13日に大船渡へ入り、その光景を見た瞬間に…
「もうダメかな…」

と思ったそうです。

しかし、その本社や工場で、有志で集まった社員がどこから持ち込んだのか、
スコップで一生懸命’’泥水’’を外にかき出しているシーンを目の当たりにし、

「わが社員ながら、感動して涙が出た」そうです。

その姿を見て、「復興」を決断し、「復興計画」を話し合います。

そしてなんと…
「3月15日」に、「復興計画」を全社員に発表。
銀行にもこの「復興計画」をもって融資のお願いに行く。

大震災後、たったの4日!

そしてさらに、

なんと、工場の「修復」ではなく、「ゼロからつくる」ことを決断。

それも、「ヒナ鳥が出荷できる7月までにつくる。」と言ったそうです!

ものすごい反対がありましたが、

「長い間、お客様にご迷惑をおかけすることになる。
だから、復興した時には、より一層クオリティーの髙い鶏肉を提供できる工場にする」
という’’強い信念’’からなのだそう。

アマタケがすごいのは、

この「計画」を社員全員が一丸となってやり遂げたこと!

餌が途絶えた為に、「約20000羽」を処分した後、

ゼロからのスタートで成し遂げた7月からの’’再スタート’’

これも、ブロイラー業界では、世界で唯一と言われる

「卵から販売まで」の一貫生産がなし得たことなのでしょう。

そして「ピンチはチャンス」と、甘竹社長は考えたようです。

「日頃は、我々は生き物を扱っている。
ですから、日々の改善しかできない。」

「しかし、約5か月間、生産できない。これはチャンスだ。今までの問題点を含めて、社内を’’改革’’できるチャンスだ!!と思った」

7月1日に工場スタートボタンを押すと、
みんな涙、涙、涙…だったといいます。

「働く事の出来る幸せを噛みしめています」
と、異口同音に大船渡で働く社員さんは言われるという。

そして、東京の営業部も…
「物を売ることのできる幸せを感じています」
と、全社員が思ったといいます。

「とにかく感謝の気持ちでいっぱいです」
「とにかく、いろんな方に恩返しがしたい」

「当たり前のことがこんなに素晴らしいことか!ということを実感した。」
「社員が20名亡くなりました。社員の家族を含めると、ものすごい数の方を亡くしました。」
「それを考えると、’’生かされている’’ことを感じます…」

と、甘竹社長はおっしゃいます。

このような社長、会社から作られるサラダチキンを始めとする商品は、

きっと売れ続けると思います!

社長が書いた著書にはもっと詳しく書かれています!

甘竹秀企社長のサラダチキンの売り上げは?

2014年、発売14年目にして、「南部どりのサラダチキン」が大ブレイク。

2013年からはほぼ2倍の売上に成長しているそうです。

また、「クックパッド」でもクックパッドアワード2014で

「鶏むね肉」がベスト10に選ばれるなど、市場でも注目度が高まってきました。

数年前から鶏ムネ肉の良さがテレビで特集されたり、

ネット上での口コミが拡大し、生ムネ肉やサラダチキンがじわじわ伸びてきたそうです。

ちょうどその時期にコンビニが販売をスタートしたことが、

ブームのきっかけになったようですね。

サラダチキンの製造ラインは3本あり、生産能力は日産3万パック、年間3000万パックも生産するそうです!

甘竹秀企社長の資産と年収は?

アマタケは上場企業ではないので、

財務諸表はありませんので、一般的な数字でみていくと、

平成29年3月期の売り上げが年商100億円という事と、

資本金が1億円で、従業員が480名という事で、

あくまで想像ですが、

同等クラスの会社と比較すると大体役員手当が

3000万円〜5000万円程度と考えられます。

さらにさらに業績が上昇しているのでもっと収入があるかもしれません。

逆に、会社の先行きを見越してもう少し少ないかもしれません。

立派な企業であることには変わりないと思います!

まとめ

震災を乗り越え、大きく成長されたアマタケ。

色んな想いが詰まった商品なのですね!

今度食べるときには、もっと大事に頂きたいと思いました。

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