朝丘雪路がアルツハイマーで娘が介護?夫の津川雅彦も今現在は病気で引退か?

女優の朝丘雪路(あさおか ゆきじ)さんが
アルツハイマー型認知症のためお亡くなりになり、
夫の津川雅彦さんを心配する声があがっています。

朝丘雪路さんの夫の津川雅彦さんは奥さんを
失ってお辛いでしょうね・・。

今現在はどうされているのでしょうか?

それにしてもアルツハイマー型認知症が
死因になるとは知りませんでした。
一体どんな病気なのか調べてみました!

朝丘雪路と津川雅彦の馴れ初めは?

津川雅彦さんは17歳の時に
妻の朝丘雪路さんと知り合っています。

朝丘雪路さんは4歳年上ですでに結婚していました。
朝丘雪路さんがすでに結婚していたことから
津川雅彦さんは遊び目的で不倫をしていたようです。

今現在だったら大バッシングですね・・・。
不倫略奪婚?になるのかもしれません。

しかし、次第に朝丘雪路さんに本気になり、
惚れ込んでいった津川雅彦さんは、

「あなたの声の一言一言は口から出る真珠のようだ」だと口説き、
朝丘雪路さんの実家に3日通いつめてプロポーズ!

津川雅彦さんは当時日記をつけており、朝丘雪路さんについて
「本命は松竹の朝丘雪路。顔はともかく心が良い」
と書いていました。

後に朝丘雪路さんに読まれ
「顔はともかくとは何よ!」と酷く怒られたそうです。

津川雅彦さんは、朝丘雪路さんの性格が好きだったんですね。

朝丘雪路さんといえば、
超お嬢様として知られており、

ほんわかした独特な雰囲気がした人気でしたね。
育ちのよさがにじみでるような女優さんでした。

朝丘雪路のお嬢様エピソードとは?

朝丘雪路

https://www.sponichi.co.jp/

朝丘雪路さんは、
元宝塚歌劇団の月組娘役でした。

芸事を好んだ母の勧めで3歳より日本舞踊習い、
日舞の深水流家元として、深水 美智雪の名も持っておられます。

お父様が日本画家の伊藤深水さんです。

芸名の由来がとても素敵で、
「朝の丘の雪の路」で誰にも踏まれてない
から真っ白という意味なのだそうです。

朝丘雪路さんは年齢を重ねても
いつまでも可愛らしい感じでしたね。

おそらくお嬢様育ちがこのような独特の雰囲気を
醸し出していたのでしょうね!

小学校(泰明小学校)の登下校は養育係とともに
人力車で通っていたそうで、
一人で行動することはなかったそうです。

他にも、

・膳に並んだシラスを見て「おとと(御魚)の目が怖い」
と言えば爺やと婆やが魚の目をひとつひとつ取り除く。

・雨が降れば一般では傘を使用するが、
父は「指を怪我したら大変だ」と傘の開閉も、
持たせることもさせない。

・中学生の頃、一人で通学を試みたが
途中で迷子になってしまい大騒ぎになったことがある
(大人になっても一人では公共交通に
乗って移動することも、切符の購入も出来ない)。

・海水浴をしたことがないらしい。
「(両親が)海は危険だと言っていた」といいつけを守っている

・夏休みには親が用意したホテルのスイートに宿泊し、
プールを貸切にして友人たちと過ごした。

・結婚するまで自分でお金を払って買い物をした
という経験が全くなく、
結婚してから買い物はすべて1万円札で支払っていた。

・そのためお釣りの千円札や硬貨が溜まりに溜まり、
ある日、薬を探していた津川雅彦さんが引き出しから
小銭の山を発見し仰天する。

・硬貨がお金とは知らなかった。

・金銭感覚も一般とずれているため、
ともすると、言われるままに多く支払ってしまう。

・料理は「火が怖い」、洗濯は「洗濯機が使えない」
「掃除機の使用方法が分からない」

・娘が乳児だった頃もオムツ替えは家政婦に任せていた。

あまりにも家事が出来ないので、
夫である津川雅彦さんが、
「我が家には主婦がいないんだねぇ」と呟くと、

それを聞いた朝丘雪路さんは、
「私も家事の出来る奥さんが欲しいわ」
とあっさり言ってのけたのだとか(笑)

浮世離れで世間知らずな言動と、
おっとりした性格は宝塚時代も変わらず、
朝丘雪路さんの至らないところは周囲が補ってくれていたようです。

しかし、
それらも朝丘雪路さんにとっては実家に居たときと同様、
当たり前のことだと思っていたんですって!

娘役に抜擢されて人気も出てくると、
お嬢様対応の朝丘雪路さんに対する嫌がらせもあったそうです。

舞台で使用する化粧品が紛失
衣装に不備が生じる。
靴の中に剣山や釘が仕込まれていた  など。

朝丘雪路さんの場合、
それすら嫌がらせとは気が付かなさそうですね。

朝丘雪路さんの死因のアルツハイマー型認知症とは?

朝丘雪路さんが亡くなった原因が
「アルツハイマー型認知症」と公表されていますが、

素人目にはアルツハイマーが直接亡くなる原因になるというのが
よくわかりませんでした。

2014年の舞台で夫の津川さんと共演したのを最後に活動を
引退していたそうですが、
このころから、
セリフを覚えられなかったようです。

あれほど朗らかで明るいイメージの朝丘雪路さんが、
「もうこれが最後ね」
と周囲に漏らしていたので、

どうやらご自身でも
「この舞台で最後になる」と自覚されていたと思われます。

朝丘雪路さんは他にもうつむくことが多くなっていて、
気力がないように感じてしまうことが多くなったのだそうです。

周囲の人はそんな朝丘雪路さんを心配して、
病院で検査を受け、
朝丘雪路さんは老人性うつ病という診断を受けたのだそうです。

調べてみると、

アルツハイマー型認知症の初期症状に、
うつ病があるので、
このころから少しずつ進行していた可能性がありそうです。

朝丘雪路さんはもちろん、
周囲の人が傍目に見ても、
見分けはつかないですよね。

アルツハイマー型認知症は、

この病気は、脳内で特殊なタンパク質異常が起こり、
脳内のニューロン・シナプスが脱落していきます。

脳内の神経細胞がどんどん壊れ、脳が次第に萎縮していき、
知能、身体全体の機能も衰えていきます。

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そして、二次性の呼吸器合併症などによっ
て最終的に死に至ることも少なくありません。

アルツハイマー病にみられる神経組織の変性は、
実際に認知症の症状が現れるかなり前から始まっており、

発病中の全期間の中頃から症状がはっきりしてくる、
極めて長い経過をとる進行性の病気です。

多くの場合、物忘れ(記憶障害)から始まり、
時間、場所、人の見当がつかなくなります(見当識障害)。

実際には70歳を過ぎてから痴呆症状が出るのが普通で、
男女比はほぼ2:3で女性に多く、
痴呆が出てから死亡までの平均罹病期間は約5年といわれています。

症状の出現はいつからかははっきりせず、
その後は徐々に痴呆が進み、
最後は全身衰弱や肺炎などの感染症で死亡する場合がほとんどです。

http://www.ninchisho.jp/kind/01.html

認知症は直接の死因と認識されておらず、
終末期の定義はされていませんが、

一般的には、
寝たきりとなり物が食べられなくなった状態以降を
末期と捉えることが多いようです。

強制的な栄養摂取をしない限り、脱水や衰弱が進んで行く状態です。

癌などと異なり、
認知症では意識レベルと身体機能の両方が衰弱していくため、

併発している疾病がなければ、
激しい痛みなどを訴えることは稀だと言われています。

アルツハイマー起因で
合併症が起こった場合でも死因としては
アルツハイマーになるそうなんですね。
近年では娘さんの事も分からなくなるくらい
進行していたという朝丘雪路さん。

娘さんや事務所のスタッフさんがが介護をされていたようです。

津川雅彦さんの今現在は?

津川雅彦さんは娘の真由子さんが生まれた時に、
ドイツの木製おもちゃを取り寄せたことがきっかけで、

子供向けの安全なおもちゃが必要な時代が来るとして
「グランパパ」を開業。

この津川雅彦さんのは瞬く間に人気店となって
全国展開するようになりましたが、

経営規模の拡大に伴い経営難に陥り、
6億5千万円の負債を抱えていたことが明らかにされました。

津川雅彦さんは一時は倒産・破産まで追い込まれましたが、
「グランパパ」を共同経営という条件で
援助してくれる企業がが現れて借金を肩代わりしてくれたことで
現在も存続しています。

この経営難により2008年末に長年住んでいた自宅一戸建てを売却し、
津川雅彦さんは嫁の朝丘雪路さんと「卒婚」して別居する道を選択しました。

卒婚とは、
籍は入れたまま他人のように別々に暮らすことを言い、
ほとんど会う事がなかったそうです。

津川雅彦さんの知人によれば、
嫁の朝丘雪路さんが認知症になってからは、
病院には付き添ったりもしていたようですが、

娘の真由子さんと暮らす自宅には訪れることはなかったそうで、
「嫁と娘は自立した」と語っていたそうです。

津川雅彦さん自身は
嫁の朝丘雪路さんと娘の真由子さんが暮らすマンションから
車で30分以上離れた借家で一人暮らしをしていたようです。

しかし、近隣住民の話によれば、
津川雅彦さんは引っ越してきてからしばらくは
犬の散歩をさせる姿を見せていたようですが、

2014年頃から外に出てくることも少なくなり、
洗濯物も干しっぱなしで一人暮らしが困難な状態でした。

そんな父親である津川雅彦さんを娘の真由子さんが訪れて
世話をするようになったようですが、

真由子さんは卒婚した両親をそれぞれ面倒みなければならず
大変な状況だったようですね。

夫の津川雅彦さんも病気?

津川雅彦さんは過去にも肺に関する病気を度々しており、
1979年には両肺に巨大嚢胞ができたため除去手術を行い、

2009年には肺炎から肺気胸を起こして倒れ
入院するもすぐに舞台復帰しています。

その他にも、
2004年に頚椎の変形を治す手術や、
2011年に心筋梗塞で倒れてICUに入院、

糖尿病も患っているそうです。

津川雅彦さんは現在まで入院を13回、
手術を10回受けていることを明かしています。

2018年の現在では、
酸素吸入器が欠かせない状態だそうですね。

若い頃はこんなにイケメンだった津川雅彦さん。
2枚目俳優として活躍されていました。


デヴィ夫人との不倫騒動で干され、仕事が激減しますが、
必殺シリーズの「必殺仕事人」の
悪役で再ブレイク!

2017年11月中旬、
ドラマ『アカギ』(BSスカパー!)の打ち上げに
姿を見せた津川雅彦さんは鼻からチューブをつなげていました。

www.jprime.jp/articles/-/11114

津川雅彦さんの体調に合わせて撮影が進んだので、
スケジュールが押したり
順番を入れ替えてほかのシーンを先に撮るといったこともあり、

撮影は大変だったようです。

何とか撮影に臨んでいた状態の津川雅彦さんでしたが、
撮影終了日、ついに体調不良で現場に来られなくなってしまったそうです。

撮影できなかったシーンは以前の映像を使い回すことになり、
最初に予定されていた打ち上げの日程も変更されたそうです。

撮影に来られないほどの状態だったのに、
津川雅彦さんは強い責任感からか
打ち上げには無理をしてでも顔を出していたとのこと。

なんと、
チューブで酸素を補給しながら、スピーチをされていました。

「最後の撮影では、
みなさんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
自分としてもとても悔しかった」

と話されていたそうです。
これを伝えるためだけに、
体調がすぐれない中、挨拶に来たようで、
とても律儀な方なんですね。

卒婚されていたとはいえ、
奥様が亡くなり、寂しいのではないかと思います。
ご自身も体調がすぐれないようですので、
精神的にも、身体的にも心配ですね。

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