井上修一( ハングリータイガー会長)の年収や大学と経営方針や売上げは?

2018年4月19日放送のカンブリア宮殿では、

「ハングリータイガー」社長の井上修一社長が出演され、

倒産寸前からの復活劇にについて語られています!

グループ全体で33店舗あった店が僅か3店舗まで縮小する事態だったそうですね!

ここから新戦略を打ち出して復活を遂げるその手腕がスゴイです!

地元・神奈川県民から熱狂的に支持される

大人気レストラン「ハングリータイガー」の売り上げや、

社長の井上修一さんの出身大学や年収と経営方針などについて調べてみました!

井上修一社長の出身や年齢などのプロフィールは?

www.tv-tokyo.co.jp/information/2018/04/18/209462.html

名前:井上修一(いのうえ しゅういち)
生年:1942年
年齢:75~76歳
肩書:元(社)日本フードサービス協会会長

井上修一社長の実家はお肉家さんだったそうです。

おやつといえば、ひき肉を丸めて焼いたお肉だったそうですが、

これがお肉屋さんですから、質の高い牛肉(おそらく切れ端?)だったそうで、

美味しかったのだとか!

おやつがハンバーグって昭和17年ですから、おやつは芋とかの時代ですよね?

その時代に良質のお肉がおやつだったということは、

そこそこお金持ちのお肉屋さんだったのかもしれませんね。

井上修一さんの中学や高校は不明でした。

大学生時代には、経営学を学ぶために、アメリカに留学されています。

その時に現地で友人たちと炭火で肉を焼いて食べるBBQをし、肉の魅力を発見!

この若き日の実体験こそが、

ビーフ100%のハンバーグを主力メニューにするきっかけとなったのだといいます。

また、

アメリカでレストラン経営学を学んだ際、

井上修一社長は車で訪れる郊外型レストランがあることを知り、

日本でもいずれ車社会となり、

郊外型レストランの需要が高まると予見して、

1号店を神奈川県横浜市郊外の保土ヶ谷に選んだそうです。

ハングリータイガー1号店が保土ヶ谷にオープンしたのは1969年(昭和44年)のこと。

そして次々とチェーン展開していきます。

それまで外食という習慣が定着していなかった日本において、

外食産業元年とも言われているのが1970(昭和45)年だそうです。

この時に、

ファミリーレストランの「すかいらーく」が登場。

1971年には「マクドナルド」と「ミスタードーナツ」の第1号店がオープンしています。

ハングリータイガーはそれよりも前に開店していますので、

外食産業の先駆けであったのですね!

井上修一社長は先見の明があったといえます!

ハングリータイガーが倒産寸前だった理由は?

1980年代後半にはバブル景気によって店舗の拡大を開始。

江ノ島、茅ヶ崎、国府津等の行楽地や

本牧、関内といった中心街、更には東京にも進出し、

店舗数は30を超え、

神奈川・横浜を代表するステーキ店として名を馳せたハングリータイガー。

しかし、

2000年代初頭にはBSE問題(狂牛病)や、

O-157による食中毒事件により

長期の休業を余儀なくされ、

1号店を含む主力3店舗(保土ヶ谷店、相鉄ジョイナス店、若葉台店)

のみの営業に追い込まれてしまいます。

BSE問題は同じく牛肉を扱う「吉野家」にも大きな打撃になり、

話題になりました。

2000年の、食中毒問題は、

飲食した来店客が複数O-157に感染・発症。

その原因の一つとして

ダブルハンバーグステーキの調理が行き届かなかった事が挙げられました。

ハングリータイガーのハンバーグは

「過熱された鉄板状の個別プレートで最終仕上げ(=中まで火を通す)を行う」

ことが特徴の一つですが、

このプレートはハンバーグパテ一つ分を仕上げる想定で作られたものだったので、

パテが2つ載るダブルハンバーグステーキでは、

プレートが仕上げに必要な熱を保てないため、

パテの加熱が不十分になる傾向にあったそうですね。

現在メニューに復活したダブルハンバーグステーキは、

プレートの材質や形状を改良し、

最終仕上げを行うのに充分な熱を蓄えることが出来るようになったそうですよ。

このハングリータイガーの低迷期からの復活劇については、

こちらの本に詳しく書かれています。

著者の中田有紀子さんは元フリーのライターで、1992年にハングリータイガーに入社され、

教育室次長、取締役営業本部長を経て、常務取締役から、

現在、同社取締役相談役に就任されています。

低迷脱出の処方箋と避けては通れない危機管理の手法を提示する内容で、

経営者に必見の内容です。

レビューの一部をご紹介します!

誤解を恐れず言わせていただくと、ある意味「バカ」な人間でないとあの危機
から会社を立ち直らせる仕事は完遂できなかったと思います。理屈で考えたらどう考え
ても絶対不可能なことですから。常識を度がえししないと無理です。

この本で、損得など関係ない「古く良き日本人」に出会えて嬉しかったです。
我々のDNAには義理人情、男儀、思いやり、恥の概念が刻み込まれていると私は信じて
います。そのことを確信させてくれた本です。

この本に感動し、同じ中田有紀子さんの著書「この者、只者にあらず」も購入しました。

ハングリータイガーが辛うじて再建にこぎつけた要因として、永年の間に蓄積した根強いファンの存在があったことは間違いないだろう。
井上社長は来店客も従業員も非常に大切にしている。

本書は企業のBCPを考える上でも参考になる1冊である。

井上修一社長の現在はカウボーイ?

実は井上修一社長、

現在は、日本とオーストラリアを行き来する日々を過ごしているんだそうです。

少年時代から、

荒野で牛を追い、たき火で肉を焼くカウボーイの暮らしに憧れていたんだそうで、

ハングリータイガー初期の店内がアメリカ西部開拓時代風だったのは、

社長の趣向が大きく反映されていたからなんです!

保土ヶ谷本店には、
店内中央にアメリカから取り寄せた約5mのトーテムポールがどーんと置かれ、
一際目を引いています!

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それで、

井上修一社長は2000年代にオーストラリアへと移住し、

ハングリータイガーの運営と並行して、なんと牧場経営を開始。

井上修一社長が所有するオーストラリアの牧場の広さは東京ドーム250個以上!だそう。

自分の牧場で育てた安全、安心な肉をハングリータイガーで提供することが次なる

夢だそうですね!

現在70台半ばですが、夢をもって挑戦し続ける情熱が素晴らしいです!

オーストラリアに移住されて、社長業は誰がしているのか気になって調べたところ、

ハングリータイガーHPの会社概要がこのようになっていました。

会社名   株式会社ハングリータイガー
設立年月  1969年2月14日
所在地   神奈川県横浜市保土ヶ谷区仏向町991-1
代表者   井上 元文(代表取締役 社長)
事業内容  レストランの経営

現在の社長は、井上元文さんとなっていますので、
息子さんか、親族の方が経営を引き継いでいらっしゃる可能性がありますね。

井上修一社長の年収や会社の売り上げは?

井上修一さんの収入は、

牧場経営やハングリータイガーの収入からが見込まれますが、

実際のところは、不明です。年収の性格なところは、ハングリータイガーの従業員数から、考えてみます。

従業員数
500名 (うちアルバイト・パート458名)
資本金
5,000万円
売上高
21億4,100万円(2016年7月期実績)
18億6,100円(2015年7月期実績)
16億1,400万円(2014年7月期実績)

https://tenshoku.mynavi.jp/jobinfo-162828-3-4-1/

従業員のうちほとんどがパートさんや、アルバイトなのですね!

従業員数からみた社長(役員)の報酬は、

従業員300人未満   3109万円
従業員300~999人  4043万円

https://yts.jp/article/0172/

でした。正社員は300人未満としたら、

役員の報酬は3000万円程と予想します。

が実際のところは、

牧場経営もされていますし、わからないですよね・・・・。

井上修一社長の経営方針は?

ハングリータイガーの井上修一社長は、

仕事を通して、私が追及したいのは、
お客様、私達、双方の「幸せ」ということです。

私達の店舗も商品もサービスも雰囲気も、
また、
私達の存在そのものすべてがそのために効果あるものでなくてはなりません。

と語っています。

仕事の全ては、

お客様に満足感を味わっていただくために捧げられるものでなくてはならず、

また、それが社員自身が幸せでなくては成り立たないのだそうです。

ハングリータイガーが、健全な利潤を追求し、企業として何世代にもわたり、活発な活動を続けていくためには、
私達ハングリータイガーマンのすべてが
<幸せを創造する人>でありつづけねばならないのです。

社員が幸せであったり健康でないと、健全な仕事はできませんものね^^

実際にハングリータイガーでは社員のために、
いち早く全面禁煙に取り組んでいました!

同店が全面禁煙を始めたのは99年夏ごろ。
「たばこ=売り上げ」が当時の常識だったため、営業部は大反対した。
最後は井上修一社長の一声で決まった。

禁煙直後は常連だった喫煙客が離れたが、
全面禁煙を知った赤ちゃん連れの女性客が徐々に増えたという。

経営的にもプラス面が多いと受け止めている。灰皿を取り換える手間が省け、たばこのゴミを分別する必要もない。
長居する喫煙者も減って稼働率が上がった。結果的に売り上げアップにもつながったという。

同社が全面禁煙に踏み切った最大の理由は従業員の健康。
高校1年からアルバイトができ、大学卒業まで働く人も。

「多少売り上げが落ちても若い子の健康を守ることが大事だった」
と振り返る。

昨今増えている「分煙」もまやかしだという。
「壁や扉で仕切っても煙は行き来する。従業員は喫煙側に食事を運ぶため
煙を吸ってしまう。全く意味がない」。
「ハングリータイガー」では、喫煙者には店外の喫煙所を用意している。

「社員もアルバイトも『会社の道具』という考えは信じられない。
彼らの健康を守るというように、 時代の考え方が変わらないと」と訴える。

「禁煙率が増えれば医療負担も減り、税負担も減る。
みんな目先の利益ではなく、大義を見てほしい」と受動喫煙防止策の徹底に期待した。

https://www.nikkansports.com/

従業員のことを第一に考えてくれる会社は素晴らしいですね!

ハングリータイガーの評判は?

http://www.hungrytiger.co.jp/

地元のひと人にソウルハンバーグとして愛されているんですね!

経営が上向いて、現在では9店舗展開されているようで、良かったですね!

最後に店舗情報を掲載しますね。^^

保土ヶ谷本店       横浜市保土ヶ谷区星川3-23-13
若葉台店         横浜市旭区若葉台4-33-13
日野店          横浜市港南区日野中央1-19-8
港北センター南店     横浜市都筑区中川中央2-5-12
トレッサ横浜店      横浜市港北区師岡町700番地 トレッサ横浜南棟2F
横浜モアーズ店      横浜市西区南幸1-3-1 横浜モアーズ8F
グランツリー武蔵小杉店  川崎市中原区新丸子東3-1135
ららぽーと海老名店    海老名市扇町13-1 ららぽーと海老名4F
湘南辻堂店        藤沢市辻堂新町2-4-18

姉妹店
tigerBBQ ららぽーと横浜店 横浜市都筑区池辺町4035-1 イトーヨーカ堂

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