木村周一郎はメゾンカイザー社長で妻や大学は?パンの売上げと年収は?【カンブリア宮殿】

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メゾンカイザー社長の木村周一郎氏は、
パン職人ですが、

銀座の老舗パン屋である木村屋の御長男!
御曹司ですね!

跡取り息子でしたが、
跡は継がず、フランスパンのお店である
メゾンカイザーを開店させ、

今現在は全国に約30店舗もの
お店を抱えるパン屋の社長に就任されました。

カンブリア宮殿では、
”「メゾンカイザー」が日本の食卓に
起こした革命と驚きの新挑戦を追う”

とされて、紹介されていました。

幼い頃は
「木村屋の息子」
であることの恩恵を与って育ったという
木村周一郎氏。

しかし、木村周一郎氏は、
木村屋の息子であることを利用せず、
メゾンカイザーを立ち上げて
一流企業に育て上げています!

一体どんな経歴なのでしょうか?

メゾンカイザーのお店の売り上げや店舗と
家族についても調べてみました!

パン職人木村周一郎の
年齢や大学などのプロフィールは?

https://goetheweb.jp/person/slug-ndcab59c839d0

名前  :木村 周一郎(きむら しゅういちろう)
生年月日: 1969年4月1日
年齢  : 49歳 (2018年9月現在)
出身  : 東京都新宿区富久町
大学  :慶応義塾大学法学部
職業   : ブーランジェリーエリックカイザージャポン代表取締役
趣味      : サーフィン、スキー

実家が銀座の老舗パン屋、木村屋ということで、
面と向かって「御曹司」と言われて育ってきた
という木村周一郎氏。

慶応幼稚舎から大学まで慶応に学び、
周囲の友人も有名企業のご子息・ご令嬢という
環境で育ってきました。

神楽坂の近くのご自宅の庭は
小学生が野球をできるほど広く、
木村屋6代目社長の父・木村周正さんは

早くから本物に触れさせようと、
家族で外食する際は、
銀座や日本橋の贅沢なものばかり食べていたといいます。

お寿司なら『奈可田』や『京すし』
イタリアンなら『キャンティ』
和食は『浜作』
うなぎは『竹葉亭』
おでんなら『やす幸』

お寿司やウナギなど、高そうなものは
想像つくのですが、
銀座にある「やす幸」というおでん屋さんは、

あるサイトでは、値段が書いておらず、
2人で2万円近いと書かれていました(;・∀・)
何と高級なおでん!

大学時代はスキー三昧の日々で、
夏のスキー遠征合宿では100万円はするという
ヨーロッパのアルプスの氷河まで出かけるなど、
1年のうち100日以上スキーのために費やしていました。

そのうえスキーの道具も
競技種目ごとに毎年買い替えていて、

大学4年生のときには、
友人と3週間かけてヨーロッパ9ヵ国を巡る
旅行にも出かけていました。

時代もあったのでしょうが、
さすが慶応ボーイ、本物のお金持ち・・・。
周囲の友人も同様の生活レベルだったのでしょうね。

派手に見える生活の一方で、
父・周正さんからは、

「われわれの商売は100円、200円の
商品を扱っているのだから、数千万円も
するような高級外車には乗るな。」

と言われ、車に限らず、ふだんの生活は
質素にしなさいと幼いときから言われて育ち、
小学校のときは小遣いも無かったようです。

木村周一郎氏が高校生のときには、
北海道行きの航空券だけ渡され、
帰りの旅費は自分で稼いだお金で賄うという
荒療治?をさせられ、

働くことの大変さを身をもって体験するように
命じられたようです。

生まれた時から、明治2年創業の老舗パン店
木村屋總本店の跡取りとして期待されていた
木村周一郎社長。

かなり一般庶民的な暮らしからは
遠い環境で羨ましい限りですが、
生まれたときからの重圧というものは

子供心にも感じていたでしょうから、
御曹司というもの大変そうですね。

メゾンカイザー社長木村周一郎の経歴は?

子どもの頃から、
「あなたはパン屋さんになるんですよ」と
言われて育ち、
継ぐのが当たり前だと思っていたという
木村周一郎氏。

大学4年生でいざ就職というときに、
家業を持つ人たちも社会勉強のために、
就職していく中、

木村周一郎氏も企業・社会の勉強のために、
木村屋以外の企業に就職しました。

ここでも御曹司ネットワークで、
千代田生命保険(現ジブラルタ生命保険)に入社。

誘ってくれた先輩のひいおじいちゃまが、
千代田生命を創業したメンバーの一人で、
加えて、初代社長のひ孫がスキー部の後輩だったそうです。

千代田生命では法人営業を担当していましたが、
木村家の人脈は使わせてもらえず、
飛び込みの営業から始めています。

生命保険会社では、丸6年在籍し、
それなりに楽しく、結果も出していた矢先に、
地方転勤の話が持ち上がると同時に、
父の周正さんから、
「そろそろパンの業界に入らない?」と言われます。

実家暮らしが長く、
地方で一人暮らしをしたかったという
木村周一郎社長は、

会社を辞めたくないので
父を説得するように上司と父・周正さん、
木村周一郎さんの3人で接待ゴルフをしましたが、

上司と父が話すうちに、
木村屋に戻ることが勝手に決まっていたといいます。

「パンのことをまったく知らない人間に、
考えうる限りの最高の英才教育を施したら、
どんなパン屋を作るのか見てみたい」

と父・周正さんは考えていたといいます。

ちょうどその頃、日本のパン業界では
次世代にパンを理論的に学ばせるための
プロジェクトが立ち上がっており、

木村周一郎社長はそのメンバーの一員として、
約2年、アメリカ・カンザス州の
国立製パン研究所(AIB)に留学。

AIBは米食品医薬品局(FDA)唯一の
研究機関であり、パン作りを理論的に
解析しているところ。

日本から派遣されていたのは製パン・製粉業界
で品質管理などを担当していた人たちで、
理系の修士号以上を持つバリバリの理系ばかり。

英語には自信があったものの、
専門用語が多く、最初はついていくのに
苦労したそうです。

その後、
アメリカで日本のパン屋さんたちが主催する
食事会で、フランスのパン職人、
エリック・カイザー氏と出会いました。

「50年に一度、出るか出ないかの天才パン職人」
と言われたカイザー氏はパンを作る過程を
理論的に解説できる職人。

この出会いをきっかけに木村周一郎社長はパリへ渡り、
彼の下でパン作りの修業をすることになります。

フランス中のパン職人が
「あそこだけはやめておいた方がいい」と
噂し合うほど、きつい職場で、

フランス語で嫌味を言われる上に、
無給で休みは週1という環境でしたが、

パン職人としてのスタートが遅い分、
必死に勉強を積んだという木村周一郎社長。

人一倍努力家で、忍耐強い。けれど、それを
前面には出さず、いつも明るく振る舞う。

そんな木村にカイザー氏も好感を持ち、
信頼を得て修業から半年後、
「日本でパン屋を開くなら、
私のパートナーにならないか?」
と誘いを受けました。

そして、

2001年に東京・高輪で
メゾンカイザーをオープン!

開業資金の一部は親戚から借り、
木村屋の出資は受けず、
借りたお金は利子をつけて返済したと言います。

開業してから最初の10年間は
1日18時間労働で週7日休みなしといった
生活で、年に2回は倒れていたという木村周一郎氏。

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今現在のメゾンカイザーが出来上がるまでは
自分の身を削って働いていたんですね。

メゾンカイザー社長木村周一郎の年収や会社の売上げは?

世界22か国で展開されている、
人気ベーカリー「メゾンカイザー」。

日本においては上陸して18年が経ち、
運営店舗が大都市圏を中心に33店舗までに
拡大するほど成長をみせています。

イースト菌ではなく、
「ルヴァン」と呼ばれる液体の天然酵母を
使ったフランスの伝統的な製法を、

現代の機械を使って効率的に製造できるよう
蘇らせた本場仕込みのその味は、
日本国内にしっかりと根付いています。

2017年の段階では、

従業員数:600名
売上高 :40億円

パン業界ではトップクラスの業績です。

2017年9月、「メゾンカイザー」としては世界で初となる
コーヒーショップ、

「&COFFEE  MAISONKAYSER」
を銀座にオープンし、
業界に大きなインパクトを与え、
メディアにも大きく取り上げられました。

木村周一郎氏の年収ですが、
600名に年400万円を給料として支払うとしたら、
24億円になります。

人件費だけで年商の半分以上は使いますし、
全国30店舗あるお店の家賃や、
パンを作る材料費、広告費など諸経費が
かかりますので、

年収は意外にも
多くはないかもしれません。

「もともと飲食業界はガツガツと拡大を
めざす人が多いんです。
ハングリー精神丸出しで『金持ちになってやるぜ』
みたいな感じで。

だけど、

僕や大学時代の仲間はまったくガツガツ
していないんですね。
売上高日本一になってやるとか、
そういうのは目標にならない。

それよりも自己実現のためにこういう仕事があって、
それでみんな幸せになれればいいと思うんです」

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/34785?page=3

とインタビューで答えていますので、
自分の給料は低めに設定されているかも
しれません。

メゾンカイザー社長木村周一郎の兄弟は?

木村屋總本店は、明治2年創業の老舗パン店。
元々は、創業者である木村安兵衛が世界初の
「あんぱん」を開発し、

明治天皇にも献上したことのある、由緒ある
老舗パン屋さんです。

父である木村周正さんは木村屋6代目の社長で
2013年に亡くなっており、

木村屋は、木村周一郎さんの
従兄弟にあたる、木村光伯さんという方が
社長を務めているようです。

木村光伯さんは、
木村周一郎さんが日本でパン屋さんを
設立した翌年に、学習院大学を卒業され、

卒業後は木村屋總本店に入社し、
木村周一郎さんと同じように
アメリカにパン留学をしています。

そして2006年に28歳という若さで木村屋の
7代目社長に。

木村周一郎さんの弟がいますが、
名前は、木村寛さんで、

株式会社パットという
会社の代表取締役社長をされており、

札幌円山に1号店がある
「パンオトラディショネル」という
パン屋さんを経営しながら、
メゾンカイザーのマネージャーを
されているようです。


facebookより出典

弟さんも木村屋に入らずに、
パン屋さんを経営されていて、
従兄弟も木村屋を継ぎ、

木村屋の親族はスゴイですね!

木村周一郎さんは、
当初、社長業には興味がなく、
従業員の方が楽と思っていたようですが、
血筋がそうはさせないのでしょうね(笑)

メゾンカイザー社長木村周一郎の妻や子供は?

2018年現在、49歳となる木村周一郎さん。
結婚していてもおかしくはない年齢ですね。

調べてみると、2008年5月に結婚式を
挙げていることが分かりました。

結婚式の主賓の挨拶として、自民党の
麻生太郎氏がスピーチをされていたようです。

2008年9月には麻生内閣が発足していますので、
内閣総理大臣となるバリバリの政治家が
スピーチするとはさすが御曹司!

奥様の情報はありませんでしたが、
このレベルの御曹司を結婚するのですから、

奥様も相当なご令嬢であることと
予想します。

木村周一郎さんについて調べていると、
離婚や再婚というワードが出てきますが、

そのような事実は調べてみても
ありませんでした。

木村周一郎さんをネットで検索するときに、
気になる単語として、
離婚などど検索した人が多かったのかもしれません。

お子さんについても
詳しい情報はありませんが、
こどもパン教室を開くなどされていますので、
子供好きではありそうです^^

メゾンカイザーの通販やパン教室は?

木村屋伝統のあんぱんを
大切にしながらも、革新的なパンを自ら作り続けて
いる木村周一郎さん。

そんな木村周一郎さんは、
不定期でパン教室を開催されております!

始まりは、知り合いのお子さんを
預かって一緒にパン作りをしたところ、
すごく楽しかったそうで「また作りたい」と
言われたことがきっかけなのだそうです。

GWや夏休みには、親子でのパン教室を開催している
ようなので、
メゾンカイザーのオフィシャルサイト
をチェックしてみてください!

2018年は終了しましたが、来年は是非!

また、パン教室まで待てない!という方でも、
エリックカイザーと木村周一郎さんが日清製粉と
共同で開発したフランスパン用小麦粉
「メゾンカイザートラディショナル」が一般にも
販売されていますので、試してみるのもいいかも
しれませんね。

メゾンカイザーの通販は?

そして、すぐに食べたい!と言う方は、
通販もあります!

メゾンカイザーオンラインショップ

インターネットにて 24時間受け付けております
し、冷凍パンもありますので、
買い置きしても良さそうですね^^

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