古賀義章のインド版巨人の星の内容や視聴はどこ?経歴や大学と妻は?

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激レアさんに出演の古賀義章さんはクーリエ・ジャポンの
国際事業局担当部長として
インドで巨人の星をアニメ化するという
ユニークなことに取り組んでいる元編集長です!

元々はジャーナリストとして、
様々な事件を取材されていた古賀義章さん。
有名な事件も多く取材され、
書籍も出版されていました。

古賀義章さんの経歴や
ジャーナリスト時代の担当事件や
結婚について調べてみました!

古賀義章さんの高校や大学などのプロフィールは?

https://adv.yomiuri.co.jp/ojo_archive/02number/200601/01interview.ht

名前  :古賀義章(こが よしあき)
生年  :1964年8月26日
年齢  :54歳
出身  :佐賀県三田川町
中学  :佐賀教育大学付属中学
高校  :佐賀西高校
大学  :明治大学

古賀義章さんは、
福岡市で生まれ、2歳から佐賀県の三田川町で過ごしています。

佐賀教育大学付属中学時代は陸上、

佐賀西高校ではラグビー部に所属されていたスポーツマンです!

佐賀西高校は佐賀県で進学実績ナンバーワン!
政治家の原口一博さんなど、
政治家やアナウンサーなどを多数輩出している高校なんですね。

高校時代は455人中450番くらいだったそうですが、
自由な校風で、ラグビーとバンド活動に明け暮れていたそうです。

大学は明治大学に2浪して進学。

大学時代は、机上の勉強を好まず、
社会体験を求めてアルバイトに明け暮れたそうですが、
1年生の冬、過労がたたり急性肺炎で入院。

ここで古賀義章さんは、
「苦労してお金を貯めても仕方がない」
と悟り、旅をするようになりました。

まずは車で日本全国を縦断。
その後は鞄一つでインド、ネパール、韓国など
アジアを巡り多様な価値観に出会ったそうです。

古賀義章さんの経歴は?

大学を卒業した古賀義章さんは、
1989年に講談社に入社します。

週刊現代、フライデーを経て、

2001年渡仏。週刊誌『Paris Match』にて研修。

2004年「ワインから国際政治まで」をテーマにした
『クーリエ・ジャポン』を創刊し、
初代編集長を2010年まで務めます。

『報道ステーション』のコメンテーターなどのテレビ出演や、
講演会などの講師もされています。

2010年、社内公募により、
国際事業局担当部長に就任。
インド・プロジェクト・ディレクターとして、
『巨人の星』からのリメイクアニメ
『スーラジ ザ・ライジングスター』を企画します。

インド版巨人の星の企画から完成まで

『クーリエ・ジャポン』から国際事業局に移動する
まで、1か月間有給休暇をとってインドを旅された古賀義明さん。

インドにある国際事業局ではインドに関わる事業を
したいと考えていた時に、

インドの3大テーマ”を教えてもらう機会を得ます。

クリケット
ボリウッド(インドの映画産業。)
インド占星術

で、その中でもクリケットという野球に似た
スポーツがとても人気で、ブラジルのサッカー以上の
人気ぶりなんだとか!

トッププロともなれば、
年収15億円以上もあるそうですよ!

夢のあるスポーツで
子どもたちの憧れでもあるんですね!

そこで、
子供たちや大人も魅了するこのクリケットを
インド事業にできないかと考えた時、

インドのカラーテレビの普及率は31%というところに
目をつけ、
これは1970年当時の日本に相当するということで、

日本の高度経済成長期にはやった作品である
巨人の星をリメイクすることにしたそうです。

主人公はムンバイのドビーガード(洗濯街)に
住む貧しい少年スーラジです。

スーラジとは太陽の意味で、
インド人に比較的多い名前です。

クリケットの才能があり、
父親と二人三脚で選手を目指すという筋立ては
本家とほぼ同じです。

花形満や伴宙太、左門豊作に相当する人物も出てきます。

アニメ制作では、
日本とインドでの風習の違いにより、
リメイクする箇所が多く、
苦労することが多かったといいいます。

巨人の星といえば、父親が怒り、
ちゃぶ台をひっくり返すシーンが有名で
見どころの一つですが、

インドでは食べ物を粗末にする行為にあたるので、
このシーンは飲み物に替えられています。

また大リーグ養成ギプスは
虐待にあたるので、
自転車のチューブで許可を出してもらったそうです。

アニメ製作にあたり、スポンサー企業の
製品を多く取り入れ、

主人公の車がスズキ車だったり、
序章シーンでは全日空機が飛び、
毎回登場する街並みのシーンには、協賛各社の看板が立っています。

日本人がみても
原作とは違うところがたくさんありそうなので、
面白そうですね!

その視聴率は、0.2%!
インドではチャンネルが700種類もあり、
そのうち視聴率が0.1%に達しているのは
24局しかないことを考えると、
大成功されていると言います。

今では日本企業だけではなく、
インドの現地企業も自社製品に
インド版巨人の星のキャラクターを採用したいという
声も上がっており、

インドでの事業として、
定着していっています。

そのインド版巨人の星が誕生する
一連の流れを記録したのがこちら!

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飛雄馬、インドの星になれ! インド版アニメ『巨人の星』誕生秘話

しっかり古賀義章さんのお名前が入っていますね!

インド版巨人の星の
『スーラジ ザ・ライジングスター』は
日本に逆輸入され、

日本の文化の海外輸出の新しい形として、
日本の中学・高校の社会の教科書にも取り上げられました!

http://ch.nicovideo.jp/suraj

実際のアニメ動画は流れるコメントが
視聴者同士の程良い一体感を生む、
他には無い視聴体験ができる
ニコニコ動画から
観ることができます。

ニコニコ動画

現在は同じ梶原一騎作品の『あしたのジョー』
のリメイクアニメ制作も検討しているそうです。

1986年の学生時代からインドを見ている古賀義章さんは、

インドには日本にはない強い刺激がある。
刺激的すぎて拒絶する人もいますが、
僕はその刺激を自分の中に取り込みながら、
次の刺激を求めています。

でもそのスパイスが無数にあるので、
結局インドとは何なのかを理解するのは難しい。
そういう意味では取材しがいがあります。

http://www.v-shinpo.com/special/1567-2014-01-24-20-14-54-36425835

アニメの製作にあたり、

高度経済成長期の日本と現在のインド、
そして主人公・星飛雄馬の家族が暮らす長屋と
インドのスラム街が重なって見えたのが企画の発端であり、

アニメを通して、
インドとは何かというのを
学んでいったのだそうです。

古賀義章さんのジャーナリストとしての取材歴は?

1998年、火山災害をテーマにした写真集
「普賢岳OFF LIMITS」

2000年、オウム事件をテーマにした写真集
「場所—オウムが棲んだ杜」を発表。

サリン事件の起きた1995年から3年間、
プライベートな時間を使ってオウムの施設に通い続けていた
中で、

麻原の側近やサリンプラント内部で働いた人物など、
さまざまな立場にあった元信者9人からじっくりと
聞き出した出家理由や現在に至るまでの心境と、

そして記録写真の数々が掲載された「アット・オウム」
を2015年に発表。

その他に、
阪神大震災、神戸少年A事件、
東海村JCO事件、北朝鮮拉致問題、イラク戦争

などの取材をされています。

古賀義章さんは、
雑誌『クーリエ・ジャポン』の創刊編集長、
インド版アニメのチーフ・プロデューサー、
ジャーナリストとしてなど、

多彩な経験を持つ古賀義章さんならではの
バラエティに富んだ講演会なども開催されているようですね。

古賀義章さんの結婚した嫁や子供は?

古賀義章さんはご結婚され、
奥様とお子さんが二人いらっしゃいます。

お子さんは20代前半くらいのようです。

2006年の編集長時代の取材では、
『あなた、前より激しい仕事して給料は変わらないの?』

と言われていると笑って明かしていました。
とても忙しかったようですが、
奥様は不満もありつつも

雑誌の編集長として様々な事件を扱う
古賀義章さんをずっと支えてきたのでしょう^^

また、

いま妻から携帯にメールが届きました。
「お帰りは何時?」このメールに対して、
いつもこう返信しています。

「なるべく早く帰るから。」
それ以上は書かないことにしています。
家族を喜ばそうとして、
「×時までには」などと書いてしまうと、
あとで大変なことになってしまうからです。

https://courrier.jp/info/10137/

というやりとりも。
この時午前1時5分だったそうで、
この時間まで奥様も起きていらっしゃたんですね!

お互いに気づかい合う素敵な夫婦ですね^^

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