栗城史多(くりきのぶかず)の死因の低体温症の原因は?動画や結婚した妻は?

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栗城史多(くりきのぶかず)さんがエベレスト挑戦中に
低体温症で亡くなったことがわかりました。

死因については今のところ、低体温症と見られていますが、
体調不良を訴えられていたそうですね。

これまでに何度も登頂している栗城史多さんが、
どうしてこのような低体温症になってしまったのでしょうか?

栗城史多さんのプロフィールは?

栗城史多
Twitterより出典

名前:栗城史多(くりきのぶかず)
年齢:35歳
出身地:北海道瀬棚郡今金町
高校:北海道檜山北高等学校
大学:札幌国際大学
職業:登山家※一部「下山家」という悪く言う人もいるようです。
会社社長:株式会社たお代表取締役(個人事務所)

栗城史多さんが登山を始めたきっかけとなったのが
高校の頃に付き合っていた彼女の影響でした。

彼女の好きな男性像が

①車を保持している
②大学を出ている
③公務員である

の3条件だったみたいで、

栗城史多さんは彼女の理想の男になろうと
大学時代に車を購入。

あとは大学を出て公務員になるだけだ!
という矢先に彼女に振られてしまったそうです。

しかし、

栗城史多さんは、
彼女が登山部に入部していたということから、

「彼女と同じ景色を自分も見たい」
という理由で登山を始められました。

男性が女性にモテるために
ここまでするのって普通なんでしょうかね?

きっとすごく素敵な彼女だったのでしょうね!

栗城史多さんの登山歴は?

2004年
マッキンリー(北米最高峰 標高6194m)登頂

2005年
アコンカグア(南米最高峰 6959m)、
エルブルース(ヨーロッパ最高峰 5642m)、
キリマンジャロ(アフリカ最高峰 5895m)登頂

2006年
カルステンツ・ピラミッド(オセアニア最高峰 4884m)登頂

2007年
チョ・オユー(世界第6位高峰 8201m)登頂。
7,700m地点からスキー滑降、
ビンソンマシフ(南極大陸最高峰 4892m)登頂

2008年
マナスル(世界第7位高峰 8163m)に
「無酸素」「単独」登頂も認定はされていない

2009年
ダウラギリ(世界第8位高峰 8167m)登頂

2014年
ブロード・ピーク(世界第12位高峰 8047m)登頂

栗城史多さんは登山家であるにもかかわらず、
起業家として会社を設立しています。

株式会社たお代表取締役
URL:http://kurikiyama.jp/

そして、

栗城史多さんは大学の山岳部に入部してから登山を始めてこれまで
6大陸の最高峰を登っています。

2009年ごろまでは順調に世界の山を登頂されていた
栗城史多さんですが、

その後は挑戦するも敗退が目立つようになっていきました。

そして2009年からはこれまでの経験から、
登山を目指す人たちに向けての情報発信活動として、

「冒険の共有」のインターネットを使った
生中継登山」を始めています

かなり危険な挑戦や問題と思われる
行動だとすることも一部では言われていました。
(単独登頂と言いながら不自然なサポートが見受けられるなど)

もしかしたら敗退が多くなったこともあり、
栗城さんの中でも焦りなどがあったのかもしれません。

また、今回のエベレスト登山は
インターネット局「AbemaTV」
で登山の様子を放送される事もあって

エベレスト登頂に対する強い執着心が
今回の結果を生んでしまったのではないかと言われています。

確かに、過去7度挑戦していますし、
エベレスト登頂すれば世界七大陸最高峰を制覇し
歴史に名を残すこともできるということで
執着する気持ちは十分わかる気がします。

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栗城史多さんが指を失った原因は?


栗城史多さんは登頂の様子を配信するために
山でもスマホを使っていたそうです。

そして指を失うきっかけになってしまった
凍傷を受けた時もスマホの配信をされていました。

そして皮肉なことにスマホを使うために
「指の無い手袋」を使用していたために
重い凍傷を受けてしまったのです。

エベレストで血行の悪い指をむき出しにして、
金属のかたまりのスマホを触っていると言うのは
かなり危険なことだったと思います。

確かに臨場感など他の登山家が
できないことだったかもしれませんが、

もっと安全に配慮する行動もできたのではないかと悔やまれます。

栗城史多さんは結婚している?

エレベスト登山途中で亡くなってしまった栗城史多さんですが

結婚はして妻はいるのか?
また、子供はいるのか?

と、残された方について気になりますよね。

そこで調べてみたところ
栗城史多さんは結婚していないとのことでした。

登山一筋で結婚願望などはなかったのでしょうか?

しかし、栗城史多さんの今までを考えてみると
1つのことに執着する力がとても強い方なのかなと思います。

高校時代の彼女の影響で登山を始めるなど
指を9本切断してもなお登山家を続けるなど
もう、登山の魅力に取り憑かれていたように思います。

栗城史多さんが低体温症になった原因は?

低体温症とは、体温が低下することでおこる疾患です。

体外に放出される熱が、
自分で産出する熱より多くなり、
体温が維持できずに起こります。

具体的には、
体のコアの部分の温度(コア体温)が

35℃以下になった状態を「低体温症」といいます。

※コア体温とは、核心温とも呼ばれ
心臓・肺・脳の温度のことで、

体温計で測る体温とは違います。通常は37℃に保たれています。

低体温症の3大原因は、『低温』・『風』・『濡れ』です。

とくに衣類が濡れると危険で、

濡れた衣類は空気の25倍の速さで熱を奪うので
特に注意が必要だそうです。

栗城史多さんが低体温に陥ったのはなぜでしょうか?

詳細は明らかにされていませんが、

彼の事務所のスタッフのメッセージも掲載してありました。

栗城事務所の小林と申します。

このようなお知らせになり大変申し訳ございませんが、
エベレストで下山途中の栗城が遺体となり発見されました。

下山を始めた栗城が無線連絡に全く反応しなくなり、
暗い中で下から見て栗城のヘッドランプも見当たらないことから
キャンプ2近くの撮影隊が栗城のルートを登って捜索し、
先ほど低体温で息絶えた栗城を発見いたしました。

生きて帰ることを誓っておりましたのに、
このような結果になり大変申し訳ございません。

生きて帰るため執着しないと誓っておりましたのに、
最後に執着してしまったのかもしれません。

皆様へのご報告が遅くなりなりましたこと、
心よりお詫び申し上げます。
何m地点で発見されたかなど
これ以上の詳細が日本でわからず大変恐縮ですが、
またわかり次第お知らせ申し上げます。

これまで栗城を応援していただき、本当にありがとうございました。

栗城事務所  小林幸子

「無酸素・単独登頂」で上ることに挑戦していたんですが、
もしかしたら酸素不足による高山病で体調不良を起こし、

それが低体温状態になってしまって、
このような事態になってしまったことも考えられます。

栗城史多さんの動画は?

2018年5月18日22時18分にベースキャンプ2から
出発する時の様子です。

この時にすでに栗城史多さんの体調に風邪のような異変があったようですね

今回のエベレスト挑戦もAbemaTVで生中継が予定されていたそうですが、
テレビで取り上げるのも良し悪しだと思ってしまいました。

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