西野朗監督の実績や戦術は?結婚した妻や子供は?名言もイケメン!

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サッカーW杯ロシア大会に出場する日本代表のハリル監督(65)が

電撃解任され、その後任として監督経験豊富な、

西野朗技術委員長が日本代表監督に内部昇格されました!

解任の理由としては、

選手とのコミュニケーションと信頼関係が薄れてきたことがあげられているようですね。

西野朗新監督は、
アトランタ五輪で監督を務め、

ブラジルから勝利をあげた「マイアミの軌跡」で有名になりましたね!

数々の名言を残したと言われる西野氏の実績や

お子さんのことについて調べてみました!

西野朗氏の年齢や出身などのプロフィールは?

西野朗

http://vivasaitama.com/soccer-besteleven/

名前    西野朗(にしのあきら)
生年月日  1955年4月7日(62歳)
出身地   埼玉県浦和市 (現:さいたま市)
身長    182cm
体重    72kg
高校    埼玉県立浦和西高校
大学    早稲田大学
クラブ   日立製作所

現在、日本サッカー協会の技術委員長を務め、

ハリル監督を支えてた西野朗氏。

選手時代は、日本代表に選出される実力の持ち主でした!

主なポジションはMFで、

日本サッカーリーグでは8試合連続得点をあげ、ベストイレブンに選出されています。

高校時代から貴公子とよばれ、女子からの人気があり、

西野氏にファウルすると、外野のクレームがすごかったんだとか!

http://chubu.pia.co.jp/

天才肌で、晩年にはDFも務めていたようですが、

143試合29得点、日本代表では12試合に出場し、

1990年(35歳)に引退されています。

西野朗氏の監督としてのこれまでの実績は?

1990年 – 1991年   日立製作所:ヘッドコーチ ナビスコ杯優勝
1991年 – 1992年   U-20日本代表:監督
1994年 – 1996年   U-23日本代表:監督     ブラジル戦勝利(マイアミの軌跡)
1997年         柏レイソル:ヘッドコーチ
1998年 – 2001年7月  柏レイソル:監督      Jリーグ最優秀監督に選出
2002年 – 2011年    ガンバ大阪:監督      J1リーグ優勝・最優秀監督
2012年5月 – 11月   ヴィッセル神戸:監督
2014年 – 2015年    名古屋グランパス:監督
2016年 –       日本サッカー協会
2016年3月 –      理事
2016年3月 –      技術委員長

数々の実績がある西野朗氏ですが、特にすごかったのが2008年のガンバ大阪時代。

AFCチャンピオンズリーグを制し、AFCからアジア最優秀監督に選ばれ、

FIFAクラブワールドカップ2008準々決勝で

日本人監督としてFIFA主催の公式大会で初めて勝利を挙げています!

この年は天皇杯も制したガンバ大阪。

Jリーグ発足以降、タイトルとは無縁だったチームは、

西野朗氏の指揮により強豪と評価されるようになります!

そして忘れてはならないのが、マイアミの軌跡!

1994年にアトランタ五輪を目指すU-23日本代表の監督に就任、

同代表は28年ぶりとなるオリンピック出場を果たし、

1996年の本大会では予選ステージで強豪ブラジルを相手に勝利!

日本中に歓喜をもたらしました。

http://sp.soccer.findfriends.jp/?pid=game_info_special_topic&id=24737

http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2016/feature/20160524-OYT8T50019.html

この時のことを、西野朗氏は、

「就任したばかりの頃は、世界を目指すという目標に対してなかなか実感を持てず、その年代の選手たちにうまく伝えることができませんでした。

でも、Jリーグの発足を機に選手たちの意識がガラリと変わりましたね。

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日本サッカー界が大きく変わろうとする時代に指導者としてのキャリアをスタートさせたので、本当にいい時代に、
才能ある若者を預からせていただいたと思います。

若者がアジアから世界に目標を変えていった、本当にものすごいスピードで成長した時代だと思いますね」

http://chubu.pia.co.jp/interview/sports/2013-05/talkbattle-report.html

と語っています。

この時のことをまとめた西野朗氏の著書がこちら!

【中古】 挑戦 ブラジルを破るまでの軌跡 / 西野 朗 / ニッポン放送プロジェクト [単行本]【ネコポス発送】

戦術や試合内容よりも、選手個々の性格や、

限られた日々の生活の中での人間観察の鋭さが強く感じられる内容で、

チーム作りのために、私生活も犠牲にし全てをオリンピック出場に捧げた

西野氏について描かれています。

西野朗氏のJリーグ監督通算勝利数270勝は、歴代1位となっています!

西野さんの指導者としての実績や経験はこれまでの技術委員長よりもはるかに上だそうで、

日本代表監督に就任しても期待が持てますね!

西野朗氏の嫁や子供は?息子もサッカー選手?

西野朗氏は日立製作所時代に、

美佐子夫人と結婚し、

お子さん二人がいらっしゃいます。

美佐子夫人はとてもきれいな方だそうですよ!

お子さんは、

さやかさんと、卓朗君だそうです。

娘さんは、背が高く、スラっとしているそうです。

お子さんは現在30代と思われ、もしかしたら、

西野朗氏にはお孫さんもいるかもしれませんね^^

息子さんもサッカーをされているかどうかは今のところ不明でした。

こちらの著書の表紙には西野朗氏の全身スーツ姿が載っていますが、

鍛えていらっしゃるのか、還暦を過ぎてもスマートです!

娘さんのスラっとした感じは西野朗さん譲りでしょうか^^

勝利のルーティーン 常勝軍団を作る、「習慣化」のチームマネジメント [ 西野朗 ]

西野朗氏の名言とは?

WBC世界フェザー級王者の初防衛戦を控え、
前日2日に公開スパーをした長谷川穂積選手の言葉を引用し、
ガンバ大阪時代の開幕戦を控えた言葉。

「殴られたら殴り返すスタンスではなく一方的に殴り続けたい。
奇麗な顔で終わりたい」

才能ある選手に対して戦術で雁字搦めにせずに、
戦術論でなく、タレントを組み合わせてチームを作ってきた西野朗氏の言葉。

「ガンバはシステムありきでタレントが成立するのではなく、タレントありきでシステムが成立する」

国際舞台は自分の限界を見極める場所ではないし、あくまでプロセス

「僕は勝つだけでは気に食わない」

ガンバ大阪時代、前半2−0でリードした後、まったりしてしまった時間帯を指摘。

「そのうち入る3点目なんてない!」

西野朗氏の戦術に不安あり?

西野朗監督は経歴や名言からも、

ガンバ大阪を強豪チームまで引き上げた戦術が有名です!

その時の戦術は、

攻撃的なサッカー
ポジションを意識したサッカー
選手の特性に合わせつつシステムとうまくバランスをとる

というもの。

ざっくり言うと、攻撃的な戦術が得意!

この戦術は、

前監督のハリルさんの堅守速攻スタイルとは相反する戦術になります。

ワールドカップまでの短い期間で、

選手たちがどれだけ指揮官についていけるのか、

また、

西野朗監督の戦術変更はあるのか(ハリル前監督の戦術を引き継ぎするのか)

注目されますね。

攻撃的な戦術は見ていて楽しいですが、

それが世界に通用するのか、

守備が疎かになるのでは?と言う声もきかれますが、

代表監督になった時には、頑張ってほしいですね!

世間の反応は・・・。

監督としての実践から長く離れていることもあり、

新体制に不安があるという声や、

期待する声、両方ありますね!

本来なら、技術委員長としての責任を負って、ハリル前監督と共に

解任されるべきという声もあります。

個人的には、

とても期待しているのですが、

選手たちにとっては、混乱してしまうかもしれません。

実戦での手腕に注目ですね。

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