トシエ(鈴木利枝)は津軽三味線日本一の先生!父親の職業や結婚は?【激レアさん】

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激レアさんを連れてきた。に出演した

スズキさんこと鈴木利枝さんは、

津軽三味線日本一の先生です!

鈴木利枝さんは、

「“津軽三味線”で頂点を目指したいのに、
超強引な父親に連れられて世界中で
サバイバルの旅をさせられた結果、
なぜかそこで得た能力が役に立ち
津軽三味線日本一に輝いた人」

として登場されます。

師匠の元で教わるのが一般的な三味線界に

おいて、ほぼ独学で日本一になったという

鈴木利枝さんの激レアな経歴や、

その激レアな経歴のきっかけとなった

父親の職業などを調べてみました!

鈴木利枝(スズキ)さんの年齢や出身などのプロフィールは?

鈴木利枝
http://www.apu.ac.jp/spa/modules/studentlife/article/?contentid=155

名前  :鈴木利枝(すずき としえ)
生年月日:1986年12月1日
年齢  :31歳
出身地 :愛知県名古屋市
現住所 :大分県

10月22日の「激レアさんを連れてきた。」は、

津軽三味線の日本一!

トシエさんこと、鈴木利枝さんです。

番組内では父親や鈴木利枝さんのお話が

面白く盛られていますが、

書籍でも語られているイジメがきっかけになって、

放浪の旅に出発し、

激レアさんになったということが

わかりました。

鈴木利枝さんのこれまでの生い立ちや

経歴を見てみましょう。

鈴木利枝(スズキ)さんの経歴は?

鈴木利枝さんはわずか4歳の頃に母と死別し、

親族間を往復して育ったといいます。

4歳ですと、記憶に残っているかどうか、

曖昧な所でしょう。

しかし、いくら親族といえども、

母親の代わりにはなれないでしょうから、

心のどこかでは不安や寂しさを感じていたかも

しれません。

また、

幼い子どもを遺されて一人になった

お父様も、娘を育てるために

働かなければならず、預けるもの

辛かったでしょう・・。

そんな鈴木利枝さんが、

三味線を習い始めたのは1997年、

小学生5年生の時。

鈴木利枝さんの祖母が趣味で親しんでいた

独特な奏法の津軽三味線に魅了されて、

三味線に興味を持ったのがきっかけだとか。

名古屋の藤秋会さんで稽古を付けて頂き、

中学のとき津軽三味線の修行のため、

名古屋から津軽三味線本場の青森に

移住したという鈴木利枝さんとお父様。

やはり芸事を極めるためには、

「本物」「本場」でしか感じることが

出来ないものを体験することが必須なのでしょうか?

本場の津軽三味線に触れて

溢れる才能が開花!

するものと思われましたが、

人間不信のなるほどのいじめに

遭ってしまいます。

これが鈴木利枝さんが父親と

世界中を放浪し、サバイバル生活を送る

きっかけとなります。

鈴木利枝が父親とサバイバル生活をするきっかけはイジメ!

鈴木利枝さんが、父親と世界中を

放浪するきっかけは、

中学で転校した津軽三味線の本場、

青森県でのイジメでした。

普通のクラスメイトによるイジメではなく、

津軽三味線の師匠とその友人で

公立中学の校長がイジメをしていた

ということで、人間不信に。

大好きな三味線。その師匠からのいじめ・・。

学校の、しかも校長からのいじめ・・・。

これは思春期真っ只中の中学生には辛いですね。

その結果、

心身ともにボロボロになった鈴木利枝さんは

大学病院に入院。

当然、中学校も高校も通えず、

三味線の先生につくこともできず、

引きこもりになってしまいます。

津軽三味線を習いに青森まで来たのに、

これではいけない、と感じた父親は、

娘を精神的に成長させようと

過酷なアジア放浪の旅に誘います。

それで、鈴木利枝さんは、

中学卒業後の15才から17才の間、

ネパール、インド、カンボジアなどアジア

を放浪するサバイバルの旅に

連れられたんです。

その間の勉強はと言うと、

独学で、16歳で大検を取得されており、

18歳で立命館アジア太平洋大学(APU)に進学!

これまでは三味線で仕事するには

学歴は必要ないと考えていたそうですが、

アジア各国を旅する中で、地雷を踏み片足を

失った子供を見かけたことをきっかけに、

「大学でアジアについて学びたい」という

思いに繋がったようです。

大学在学中は学業と三味線の練習を両立し、

大学在学中や卒業後から様々なコンクールで優秀な

成績を収めています。

2008年
・津軽三味線全国大会(神戸)女性の部
文部科学大臣賞(優勝)

・津軽三味線全国コンクール大阪大会
女性の部優勝

2009年

・津軽三味線教室「和心」を設立する

2010年
・ 津軽三味線全国競技会(名古屋)女性の部優勝

2012年
・主宰する「和心」が全国大会団体部門で3位入賞

2013年
・初のCDアルバム「和心」をリリース

この受賞歴がほぼ独学というのがまた

スゴイですよね!

三味線奏者として順調な日々でしたが、

今度は病気が鈴木利枝さんを襲います。

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鈴木利枝の病気とは?

http://blog.syamie.com/

鈴木利枝さんは三味線奏者として

順調にキャリアを積んでいた2012年ころ、

特定疾患を発症されています。

ドクターストップもかかり、

数か月入院するよう言われましたが、

食事制限などストイックな生活を送ることで

病気を克服。

2014年の津軽三味線全国大会(神戸)優勝

を経て、

ついに2015年4月、

津軽三味線コンクール全国大会(日比谷公会堂)で

総合優勝!

10代半ば~20代、東京大会で優勝に輝くまでは、

先生につかず練習していたのですから、

ほぼ独学で日本一になったのですね!

その後は澤田勝仁先生にお唄づけを

していただきながら更にその腕を磨いているようです。

日本一になってもまだ先生について学ぶとは、

三味線の世界は奥深いのですね!

現在は日本だけでなく世界各国での

津軽三味線の演奏をされている鈴木利枝さん。

今まで訪れた国は

アジア圏やアメリカ、スペインなども含め

13か国。

さらに使える言語は、日本語、英語、中国語

も3か国語も話せるのだそうです!

鈴木利枝さんは大検を取っていますが、

いわゆる普通の高校は通っておらず、

大学から英語を勉強されていて、

TOEIC840点なんだとか!!

ビジネスレベルで会話ができますし、

日常ならばほぼネイティブスピーカーのではないでしょうか?

三味線の腕が超一流で語学も堪能って

素晴らしいですよね!

これも結果的にお父様のお陰でしょうね。

様々な経験をされている鈴木利枝さんの

自叙伝が発売されているようです。

若い10代のうちに沢山失敗して、

凹んで色んな経験して良かったという

鈴木利枝さんの自叙伝は、

特に進路や人生に悩んでいる若者にピッタリですね^^

鈴木利枝の父親の職業は?

鈴木利枝さんの父親はどうやら、

木版画をされているようです。

版画展などの開催もされていますね。

ビエンナーレで賞を受賞されるなど、

鈴木利枝さんの芸術気質は

父親譲りなのかもしれませんね^^

http://blog.syamie.com/?page=1&cid=4

鈴木利枝(スズキ)さんの三味線の教室は?

鈴木利枝さんは、クライス音楽事務所

に所属され、演奏家として活動する一方で、

鈴木利枝さんは三味線教室「和心」を主宰されています。

場所は別府教室と大分教室があるようです。

詳しい場所などはお問合せから教えてくれる

ようです。

詳細はこちら!

鈴木利枝さん三味線教室「和心」HP

鈴木利枝(スズキ)さんは結婚した旦那はいる?

鈴木利枝さんは2011年3月11日、

市役所で婚姻届けを提出中に

東日本大震災となる

地震発生のニュースが流れたそうです。

ご主人はマスコミ関連の仕事をされており、

お子さんの情報は不明でした。

これまで様々な経験をされてきた

鈴木利枝さん。

伴侶とともに、幸せになっていただきたいですね^^

最後に鈴木利枝さんの素敵な演奏を

お聴きください^^

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