田端良基が経営するオーダースーツの会社とBARの場所は?大阪桐蔭時代の成績や経歴は?

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田端良基さんは、2012年の甲子園で春夏連覇を

果たした大阪桐蔭高の4番打者で、

春のセンバツで

は大谷翔平選手から本塁打を放ち、天才選手と

言われてきました。

同期には阪神の主力投手藤浪晋太郎投手や、

西武ライオンズのキャッチャーの

森友哉選手もいるというから、

スゴイですね!

田端良基さんは現在、

野球の世界から転身され、会社を経営されています。

オーダースーツの会社なのですが、

会社名やこれまでの経歴などについても

調べてみました。

田端良基の年齢や高校などのプロフィールは?

https://www.hb-nippon.com/player/388

名前:田端良基(たばたよしき)
生年月日:1994年6月27日
出身:和歌山県和歌山市
高校:大阪桐蔭高校
大学:日本ウェルネス大学北九州

田端良基の経歴は?

高校時代、身長175cmでありながら

体重85kgという体格から

長打を連発していた田端良基さんは、

西武ライオンズの中村剛也選手の

愛称であるおかわり君の下に二世をつけた

「おかわり君二世」という愛称で

呼ばれていたそうです。

ちなみに元祖おかわり君である

中村剛也選手も田端良基さんと同じ

大阪桐蔭高校の卒業生であり

田端良基さんの先輩にあたります。

そんな田端良基さんですが、

野球をはじめたのは小学生の頃に

地元和歌山市のチームからとなります。

少年野球のクラブから

中学時代は野球部ではなくクラブチーム

である和歌山シニアへ進み

中学生の日本代表にも選ばれます。

4番でピッチャーだった田端良基さんは

その実績で高校野球の名門大阪桐蔭高校に進み

さらに実力をつけることになります。

高校球児の憧れである甲子園にも出場して

華やかな成績を残すものの

ドラフト志望届を出さずに

亜細亜大学に進みますが早々に退部。

「どこの大学に行っても、すぐ辞めていたと思います」と

田端良基さんは当時を振り返っています。

亜細亜大の練習合流後、すぐに退部し、

入学しなかったそうです!

「キツいから辞めたとかではなく、
高校卒業してプロに入るという目標がなくなり、
もう野球はええやと思ってしまったんです」

野球への未練はまったくなく、

水道関連の仕事を半年、鉄工所の仕事を1年半こなし、

正社員として月収約30万円と

不自由ない生活をしていた田端良基さん。

しかし、

どこか満たされない思いがあり、

2016年に22歳で日本ウェルネス大学

北九州に進みます。

その後野球から離れ経営者としての道を歩み始めます。

田端良基の高校時代の野球の成績は?

名門校である大阪桐蔭高校で

力をつけて臨んだ甲子園で田端良基さんは

1年生の秋からベンチ入りをします。

2年秋には4番、ファーストで大活躍をして

翌年の選抜出場を手にしました。

その選抜1回戦で同じ1994年生まれの

怪物大谷翔平選手から本塁打を打ちます。

しかしこの試合で右手首に受けた

死球によりこの選抜は終わります。

3年夏は予選から復帰しており甲子園でも

5打点をあげるなど史上7校目となる

春夏連覇の原動力となります。

活躍が認められて高校日本代表となって

国際試合に出場するも木製バットへの

対応がうまくいかず1安打という

結果に終わっています。

高校時代の田端良基さんの

野球選手としての評価は、

打者としては強引に引っ張る

プルヒッターで超高校級のスイングの

持ち主であり、

守備においては打撃ほどの評価は

受けていないものの一塁手として

及第点を与えられるとともに

課題とされていました。

やはり打撃の選手で鋭いスイングと

金属バットの組み合わせで

長打を量産していた選手のようです。

スイングの鋭さで擦ったような打球でも

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スタンドインとなることもあったそうです。

選球眼もかなり良かったようで甘い球を

見逃さずにホームランにしていたようです。

甲子園で大谷翔平投手から放った

ホームランも高めに浮いたスライダーを

見逃さずに捉えています。

最後の夏を終えプロ野球への志望届を

提出することなく亜細亜大学への

推薦入学が決まり、

大阪桐蔭高校を卒業します。

田端良基が所属していた大阪桐蔭高校とは?

現在、日本の高校野球部で一番強いのは

この大阪桐蔭高校ではないでしょうか。

大きなお腹がチャームポイントの

西谷監督率いるチームは

平成24年から毎年甲子園に行き

好成績を挙げています。

平成24年からの7年間で6回の全国を制して、

平成24年と30年には春夏連覇という

偉業を達成しています。

たまたまいい選手がいたチームではなく

全国各地から有名な中学生が

この大阪桐蔭高校に集まり成績を残すことで

また下の世代が集まる。

というサイクルで継続的な強さが保たれています。

平成22年度から29年度までは

毎年プロ入りする選手がいます。

野球とは違いますが

甲子園のアルプススタンドで応援してい

る吹奏楽部も日本屈指の強さを誇っています。

野球の強い学校の吹奏楽部はやっぱり強いですよね。

田端良基の元チームメイトは?

田端良基さんが大阪桐蔭高校に

在籍していたときのメンバーがかなり豪華です。

スターティングメンバー9人の中に

プロ野球選手が2名おり、

藤浪晋太郎投手と森友哉選手になります。

藤浪晋太郎投手は

阪神の主力投手として、

森友哉選手は西武ライオンズの

キャッチャーとして活躍している

一線級のプロ選手です。

他の6選手も大阪桐蔭高校卒業後、

大学や社会人野球、独立リーグなどで

野球を続けているようです。

さすがは名門大阪桐蔭高校ですね。

田端良基が経営するオーダースーツの会社は?年商がすごい!

田端良基さんはオーダースーツの

事業を行っています。

スーツやシャツを取り扱っており、

プロ野球選手も作っているようです。

代理店ということなのでお客様の要望を

ヒヤリングして採寸などを行う

ところまででしょうか?

詳しい業務内容までは把握できていませんが

在庫を持たずに行えるビジネス

なのかも知れませんね。

関西地区限定で出張採寸無料キャンペーンを

行っているようで、

5万円くらいからオーダースーツを

作ることができるそうです。

田端良基さんのツィート@TuguKfを

見るとオリックスの

吉田正尚選手がスーツを作った情報もあります。

野球の世界でかなりの活躍をした

田端良基さんですから野球界の人脈も

かなりあるのではないでしょうか。

野球選手といえばスーツを作る顧客

として最適な人たちですからね。

かなりの売り上げが見込めるのかもしれません。

年商は一億円ということですが、

後述のBar経営も含めてのものなのかは

はっきりしません。

とはいえ田端良基さんの年齢を考えると

かなりやり手の経営者であり、

現時点では成功しているといえますね^^

田端良基はBARも経営!場所はどこ?

田端良基さんは

オーダースーツ販売とは別にBarの経営を

行っています。

Bar Fake という店名で

こちらもプロ野球選手が訪れる店として

知られているようです。

営業時間:21時から翌5時
住所:大阪府大阪市中央区宗右衛門町6-2 ジュノン笠屋町ビル3階

このBar Fakeもプロ野球選手が来る店

として有名らしく

店のインスタグラムでは広島東洋カープの

大瀬良選手も来店しています。

プロ野球選手がどんな

お酒の飲み方をするのか興味のある方は

行ってみるとプロ野球選手に会えるかも知れませんね。

田端良基の兄弟は?

とんでもない野球での実績を持つ

田端良基さんですが、弟がいるようです。

弟さんの名前は拓海さんと言い

大阪にある大阪偕成学園高校の野球部に進み

甲子園にも出場しています。

やはりお兄さんである良基さんの影響で

野球をはじめたのでしょうか。

隣県とはいえ和歌山県から

二人の子供を大阪の強豪私学に入れるとは

両親も凄いですね。

拓海さんは1997年生まれで良基さんも

所属していた和歌山シニア出身のキャッチャーです。

中学時代はシニア全国大会に出場しており、

大阪偕成学園高校時代には

兄である良基さんのいた大阪桐蔭高校を

破って甲子園に出場しています。

良基さんはこの時卒業していましたが

球場で観戦していて

大阪桐蔭高校側ではなく

大阪偕成学園高校側のスタンドで観戦していたそうです。

甲子園では2回戦で敗退するものの

卒業後は立命館大学に進み野

球を続けているようです。

良基さんのツイッター上では

弟拓海さんへの応援ツイートも見られ

仲の良い兄弟であることがよくわかります。

いかがでしょうか。やはり全国を制した

アスリートである田端良基さんは

ビジネスの世界においてもその才能を発揮していますね。

それまで頑張ってきた野球時代の

パイプも生かしており類まれなセンスを感じる

経営者ではないでしょうか。

現在の事業が10年、それ以上続いていくよう応援しましょう

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