内山素行(七洋製作所社長)のオーブンの売上げや年収と経営方針は?【カンブリア宮殿】

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七洋製作所社長の内山素行(もとゆき)氏が

カンブリア宮殿に出演!

二度の倒産も内山素行社長の父が乗り越え、

どん底にあった親子が作り上げた

絶品を生む魔法のオーブン「南蛮窯」は、

いまや有名パティシエから引っ張りだこの

業務用のオーブンなのだそうです!

「これまでにないオーブンを作りたい! 」

そんな思いを親子2代にわたる格闘で

形にした七洋製作所。

その七洋製作所の社長である、

内山素行氏の経歴や年収、

そして売り上げや経営方針と家族や

趣味などについても調べてみました。

内山素行社長の年齢や大学などのプロフィールは?

http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/

名前  :内山素行
生年月日:1956年2月23日
年齢  :61歳
出身地 :福岡県糟屋郡志免町
学歴  :九州産業大学経済学部・国士舘大学体育学部卒

小さな頃から空手を学んでいたという

内山素行社長。

上達とともにますます空手の魅力に引き込まれ、

空手道の全日本大会で3度の日本一に!

空手で会得した相手との技の駆け引きや、

間合いの読みはビジネスの極意にも通じるとのこと。

誰もがそう感じるのではなく、

内山素行さんは、本当に空手を極めたからこそ、

ビジネスとのつながりを感じられるのでしょうね!

内山素行社長の経歴は?

七洋製作所の創業は1950年にまで

さかのぼります。

父親の内山善次さんが

福岡県福岡市博多区宮島町で、

生姜味の「金の甲せんべい」を

製造・販売する「内山商店」を開業し、

後に「金の甲せんべい」が当時の

八幡製鐵所の御用達となるなど、

内山商店の事業は好調に推移していたそうです。

しかし、工業高校出身で

無類の機械好きだったという義次さんは、

「機械を作りたい」という夢を

どうしても捨て切れず、

1960年にせんべい屋の事業を譲渡して、

包装用シール機やベルトコンベヤーなどの

機械製品の製造を始めました。

安定した収益の合った会社を譲渡してまで

長年の夢を追い求めるとは、

なかなかできないことですよね。

そしてその当時、

開発に力を入れていたのが、

現在も代表作として根強い人気を誇る

「南蛮窯」でした。

https://www.shichiyo.jp/products/backen

当時、洋菓子作りは特に難しいと言われており、

熟練した技術を持つ経験者でないと

うまく焼きあがらないという問題が

あったそうです。

その問題点を改善するために、

内山善次さんが開発をすすめていた南蛮窯では、

機械の操作をすることで、

誰でも同じ焼き加減で洋菓子を作ることが

できるという画期的な機械でした。

しかし他社製品との差別化が難しかったことに加えて、

当時まだ会社としての知名度もなく、

一台当たりの単価も高かったため、

ほとんど売れなかったと言います。

作りや値段が同じような製品があっても、

やはり顧客としては名のある企業の製品を

買ってしまいますよね。

当時の善次さんはかなり苦戦を強いられ、

内山素行氏が小学6年生と、中学生のころに、

2度の倒産を経験しているそうです。

この時のことを、

内山素行社長は、こう振り返っています。

倒産ということは、

ご経験のある方は少ないと思いますが、

まさに天と地がひっくり返り、

川の流れが逆流するようなことです。

普通の精神であれば気が狂うか、

逃げ出すかといった状況です。

父が頭を丸めて債権者の方々に

頭を床にこすりつけている姿と、

その側にいる悲しい顔の母。

まだ子供であった私達兄弟にとって、

人生の厳しさと恐ろしさを、

身をもって見せてくれました

七洋製作所HPより出典

債権者の方々も、父の内山善次さんの、

逃げない姿勢と真面目さを理解し、

会社存続させることができたといいます。

父の内山善次さんの人柄・人間力が、

会社を救ったということでしょう。

このことはまだ子供だった内山素行社長の

心に非常に響いたといいます。

諦めず開発・改良を続けた内山善次さんは、

1973年に福岡県糟屋郡志免町にて

「株式会社 七洋製作所」を設立。

せんべいの製造を通して得ていた

火の知識を焼き上げ技術を生かし、

他社との差別化を図り、

業務用オーブンの製造・販売を開始しました。

二度も倒産を経験しても諦めず

自分の信念を貫くとは、

相当なメンタルの持ち主ですよね。

そして父親の善次さんの側で

会社を支えたのが、内山素行さんでした。

会社を設立したのが、当初は高校生で、

倒産を目の当たりにしていましたので、

商売を継がないと心に決めて・、

将来は中学か高校の教員になるつもりで、

大学卒業時には就職する大学まで

決めていました。

しかし、父の内山善次さんが病気で倒れてしまい、

地元に戻って家業を継ぐことを決めたそうです。

入社後、

当時内山素行さんは営業担当として、

実際に顧客の前で実演販売を手がけ、

自社製品の良さを伝えて回ったと言います。

https://www.shichiyo.jp/history

実際に目で見てもらうことで

製品の良さも伝わりますし、

何より顧客のニーズも把握することができますよね。

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顧客のニーズをうまく取り入れ、

徐々に良い製品を生み出すことにつながったのです。

七洋製作所はまさに内山善次さん、

素行さん親子の二人三脚で作り上げた会社ですね。

そして2000年5月、44歳の時に、

父親の内山善次社長が退任、内山素行さんが

新たに社長に就任されました。

そしてなんと、七洋製作所では現在、

製菓業務用オーブンにおいて国内シェア

約 35%を占めるまでに至っているそうです。

また本社の敷地内に、

シュークリームやパイ等の冷凍生地のほか、

ケーキの土台となるスポンジなど焼き生地も

製造・販売しており、

現在では業務用オーブンと同じくらいの

売上規模にまで成長しているそうです。

国内シェア約35%に至るまでは

相当な苦労があったかと思いますが、

七洋製作所のオーブンは世界中から大人気で、

洋菓子作りには欠かせない

アイテムとなっているようです。

また、さらには人手不足の切り札として

カステラ泡きりロボットまで開発しているそうです。

そして講演会ではレシピや経営術まで教える

ソフト面でのアフターケアもされていると言います。

まさかのレシピや経営術まで教えているとは、

完璧すぎますよね。

顧客が増えるのも納得です。

父が開発したオーブンから、

七洋製作所を大きくしたのは、

内山素行社長の手腕のすばらしさですね^^

内山素行社長の経営方針とは?

前述した通り、特に洋菓子では

熟練した技術が必要でありながら、

後継者不足などの問題もあり、

現在では菓子業界は特に、

圧倒的な若手不足に悩まされていると言います。

老舗の企業が、跡継ぎに恵まれず廃業される

という事も多くなっている今、

そんな時代の流れを受けて、

七洋製作所では何度も試行錯誤を重ねて

製品開発に取り組んでこられました。

そして、開発したオーブンを実際に販売するにあたり、

福岡に本社がある七洋製作所の

内山素行社長は、2つの戦略があったそうです。

①九州各社の強い地域を避け、北海道や東北など、

九州から遠いところに集中して営業する。

その際、営業する時の自分の信用・ブランドを

上げるために、

業界紙に有名パティシエとの対談を

自分の顔写真入りで広告として連載することを実行。

②実演販売で職人に見てもらう。

七洋製作所では業界初の

コンピューターシステムを搭載して、

ボタン一つで美味しい焼き菓子が作れる

オーブンを開発し、

菓子店の店主たちの前で実演販売を行うと、

その場で即決する方が続出。

飛ぶように売れたと言います。

やはり操作が簡単で誰でも手軽に使えて、

なおかつ再現性のあるオーブンは

時代のニーズに合致していたのでしょうね。

「全てはお客様の繁盛の為に」

の理念をモットーに、

常にお客様の視点に立ち、

どのような事が出来るかを考え、

取り組んでおられるという内山素行さん。

ついにはオーブンではなく、あるものを

販売し始めます。

それは、情報です!

内山素行社長は、オーブン製造の業者として

洋菓子店の内部の経営情報も知りえます。

そこで、10万円のお店に、30万円、50万円を

売り上げるお店のやり方を話すようになったのだそうです。

そのうちに、ノウハウを教えてもらった

洋菓子店がオーブンを買ってくれるようになったとのこと。

オーブンではなく、情報を売ることで、

さらにオーブンが売れていくんですね!

時代の流れをつかみ、菓子業界のニーズを

くみ取って開発を進めていった内山素行さんは、

経営者の鏡とも言えますね。

内山素行社長の年収やオーブンの売り上げは?

1998年にガス式オーブンの開発に関し

創造法の認定取得した七洋製作所は、

2009年にはドイツで行われた国際専門見本市に出展。

その後も様々なイベントに出店されています。

そして2010年にはアジア圏(中国・韓国・台湾)

へのオーブン輸出開始、

2015年には豪州向けオーブンの輸出開始、

2017年には北アメリカ、ヨーロッパ向けオ

ーブン輸出の開始、

2018年には中東アジア向けオーブンの

輸出開始をされており、

七洋製作所のオーブンは世界中でシェア

されていることがわかります。

ひょっとすると数々の外国の有名なお菓子も、

七洋製作所が製造したオーブンで

作られているのかもしれませんね。

日本国内シェア率も約35%とも言われているので、

多くの菓子工場では七洋製作所の製品が

使われているのでしょうか。

七洋製作所は世界の菓子業界の未来を

担っていると言っても過言ではないですね。

また、前述した通り、

七洋製作所の敷地内にシュークリームや

パイ等の冷凍生地のほか、

ケーキの土台となるスポンジなど

焼き生地も製造・販売しており、

現在では業務用オーブンと同じくらいの

売上規模にまで成長しているそうです。

七洋製作所のHPを見てみると、

現在では資本金1億円に増資され、

売上高はなんと20~30億円

すごい売上高ですね。

内山素行さんの年収はどれぐらいなのでしょうか?

「南蛮窯」という非常に優れた業務用の

オーブンですが、

価格が他社と比べて非常に高く、

他社が80万円としたら、七洋製作所の南蛮窯は

240万円で売らないと儲からないそうなので、

年商はスゴイですが、社長の報酬の割合は

意外と少ないのかもしれません。

こちらのサイトによれば、

資本金5000万円1億円未満の
役員報酬が、1037万円

従業員300人未満の
役員報酬が、3109万円

七洋製作所は、資本金1億円で従業員が

140名なので、

社長の役員報酬としては、1000~3000万円

程と予想します。

随分幅がありますが、個人的には、3000万円くらいであって

ほしいですね^^

内山素行社長の趣味もすごい!

内山素行さんの趣味がロックすぎると

話題となっているようですが、

どんな趣味をお持ちなのでしょうか。

実は内山素行さんは、

趣味で音楽活動を行っているそうです。

そして自分で作詞作曲した曲を

インターネットで公開したり、

「博多めんたいロッカーズ」という

音楽ユニットを結成までしているそうです。

この博多めんたいロッカーズは

10人程のバンドですが、

なんと内山素行さんはボーカルを

担当しているとのことです。

世界の七洋製作所の社長さんが

音楽ユニットのボーカルを務めているとは、

驚きですね。趣味がロックすぎます。

ちなみに博多めんたいロッカーズの

ライブ映像がこちらです。

楽しそうなバンドですね^^

「七洋製作所社長」という肩書からは

堅苦しい方なのかなとも思っていましたが、

そんなこともなく、

とても気さくで面白い方のようですね。

実際に父親の内山善次さんが

社長を務めている際には同じ会社で

営業マンとしてお父様を支えてこられた

内山素行さんなので、

人とのコミュニケーション術にも

長けているでしょうし、

内山素行さんのこういった人柄も、

顧客を引き寄せる秘訣なのでしょう。

まとめ

今や国内シェア率35%という驚異的な

数字をたたき出し、

国内では最大手となっている七洋製作所。

常に消費者目線で改良を重ねてきた

七洋製作所のオーブンは、

世界中の一流パティシエのファンが多いと言います。

過去には何度もグッドデザイン賞を

受賞されたほか、

性能とともにデザイン面でも工夫を凝らし、

また近年では全国の和洋菓子店の経営アドバイス、

生地の製造まで業務の幅を広げられています。

日本国内だけでなく、

世界各国の菓子文化の発展に寄与されてきた

内山素行さんは、本当に素晴らしい方ですね。

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