ヤザワさん(バックギャモン)の結婚した夫や年齢は?賞金や年収がすごい!

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矢澤亜希子さん(ヤザワさん)は、
バックギャモン競技で3億人の頂点に立った
激レアさんです!

子宮ガンの治療を受けながらも
バックギャモンの競技を続けてきた
矢澤亜希子さんの

結婚した夫(旦那)や年齢と、
バックギャモン競技の賞金や年収などについて
調べてみました!

矢澤亜希子さんの年齢や出身大学などのプロフィールは?

https://www.sankei.com/entertainments/news/140824/ent1408240001-n1.html

名前  :矢澤亜希子(やざわ あきこ)
生年月日:1980年11月19日
年齢  :37歳
出身  :東京都
大学  :明治学院大学

7月23日放送の激レアさん。では、

「余命一年と宣告されたけど、
あることを極めるため単身アメリカの
ストリートで武者修行を行い、
3億人の頂点に立った人」

として紹介されていた矢澤亜希子さんですが、
子宮体ガンという大病を患っていらっしゃいました。

それでもバックギャモンというボードゲームで
世界一に輝いた実績があります。

バックギャモンとは、
サイコロを振り、盤上に配置された
双方15個の駒をどちらが先に全てゴール
させることができるかを競うゲームで、

日本では「西洋すごろく」とも言われます。

日本書紀にも「盤双六(ばんすごろく)」の記述があり、
7世紀後半には持統天皇により
禁止令が出されるほど庶民が熱狂したこともあります!

日本ではあまり馴染みがないのですが、
世界の競技人口は3億人にものぼり、

その頂点に日本人女性として
初めて輝いたのが矢澤亜希子さんです!

日本ではまだマイナー競技ですが、
何にしても世界一というのは素晴らしいですね!

矢澤亜希子さんは、

どういう経歴を歩んできたのでしょうか?

矢澤亜希子さんの経歴は?

矢澤亜希子さんがバックギャモンに興味をもったのは
大学3年生のころ。

在籍中、
エジプトにスキューバダイビングに行ったとき、

飲食店で盤ゲームに興じていると、
のちに日本人初の世界一になる望月正行さんから
誘われたことで、
バックギャモンと出会います。

外国では市民権を得るほど、
普及しているバックギャモン。

道端でやっている人もみたことから、
その光景が忘れられなかったといい、また、

同じ局面が現れることなく、高度な戦略が必要で、
研究すればするほど発見があり、奥が深いゲームであることに
非常に興味を持ち始めます。

矢澤亜希子さんは、
一つのことに固執する性格を変える為に、
中学1年生から1年に10個新しいこと始めることを
続けているので、

バックギャモンは新しいこととの出会いでもあったようです。

気になって、帰国してから調べ、
大学在籍中は趣味としてバックギャモンをはじめた
矢澤亜希子さん。

大学卒業後は会社員になり、
2003年にはプロプレイヤーで
日本のバックギャモンの第一人者である
望月正行さんの元で
本格的に学び始められます。

なんと、
始めたての時期に望月正行氏を
初対戦で破った伝説も持っているので、
そのセンスは生まれ持ったものなのでしょうね!

そして旅先でたまたま誘われたボードゲームで、
そこまで興味を持たれたのが
運命的です!

仕事でお金を貯めては競技会参加のために海外を転戦した
矢澤亜希子さんは、

一度は会社員になったものの、
諦められず、プロの道を歩む決意をされています。

類まれなるセンスで
頭角を表した矢澤亜希子さんは、

2003年 ラスベガスオープン初級クラスで準優勝!
2004年 女性初盤聖日本タイトルを獲得
2012年 モナコ公国 世界選手権で優勝
(スーパージャックポット)

と実績を順調に積んでいました。
寝ている時間以外はバックギャモンに充てる程
研究をされていたのだとか!

快進撃を続ける中で、
実は2008年頃から体調不良が続き、
もともとの仕事をやめたものの、
一向に良くならなかったので、

やりたいことに挑戦しようと思って、
世界に挑戦し始め、
2012年のモナコ世界選手権で優勝されたんですって!

身体の具合が悪くてもひるまずに、
それならばとチャレンジする性格なんですね!

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しかし、やはり少しでも
体調を良くしたいという思いから、
大学病院ではなく、近所の婦人科クリニックにかかったところ、

「子宮体がんステージⅢc」
「余命1年」

という過酷な診断が下ります。

普通ならば、海外遠征が多いバックギャモンの
プロとしての活動は諦めるところですが、
矢澤亜希子さんは違いました。

2013年、
抗がん剤治療中にもウィッグをつけて世界選手権に出場!
闘病をしながらも世界選手権に行ったのは、

「バックギャモンって、
人生と似ているところがありまして、
サイコロの目って自分じゃどうにもできないじゃないですか。

でもどんな目にあっても、
自分の力でどうにかしていくっていうところが魅力で。」

https://abematimes.com/posts/1300574

どんなことがあっても、
自分の力で人生を切り開いていくという信念があり、

手術のことも場合分けで考えてみました。
最悪は「死」。
ただ、その中にも「何もしないで死ぬ」のと、
「手術をしたけれど死ぬ」という2パターンがある。

どちらがより最悪かと考えました。
その結果、後になって「死にたくない」と思ったとき、
前者だったら何もしなかったことを後悔するだろうと思ったのです。

https://hc.nikkan-gendai.com/articles/227455?page=3

子宮切除することで、
出産を諦めなければならない先の明るい未来の崩壊のなか、

更年期障害や人工肛門の可能性があり、
抗がん剤の副作用もあることを考えると、
難しい選択だったと思うのですが、

治療をしなければ余命1年といわれている中、
自分の人生に後悔しないという強い気持ちがあったのですね。

手術やその後の治療は想像以上につらく
やっぱり「後悔」もあったみたいですが、
闘病しながらも、

モナコで開催された、2014年の世界選手権では、
決勝で米国人男性と8時間もの戦いを制し、
日本人女性初の世界チャンピオンに!

そして
2016年 プレイヤーズオブザイヤー受賞にも輝いています。

矢澤亜希子さんは見事に復活され、世界ランキング3位にまで
登りつめました!

矢澤亜希子さんの結婚した旦那や子供は?

矢澤亜希子さんは2009年ころに
同じくバックギャモンプレイヤーの矢澤広伸さんで、
2004年ころにバックギャモンの大会を通じて知り合ったようです。

https://ja-jp.facebook.com/bgyazawa

Facebookによるプロフィールでは、

1998年から
バックギャモンプレイヤーとして活躍する
傍ら、

2005年1月から現在まで東京都の
秀和特許事務所に勤務されているようです。

学歴は、

東京の麻布高校から、
京都大学に進学されているので、
かなりの切れ者でした!

さらに頭が良いだけではなく、
矢澤亜希子さんが手術すべきかを悩んでいる時には、

「死ぬ選択はいつでもできる。
でも、手術という選択は今しかできない。

先のことは手術をしてから考えても遅くないんじゃないか」

https://hc.nikkan-gendai.com/articles/227455?page=3

と声を掛けたのだと言います。

様々な不安がある中でも、
今やるべきことを的確に抽出でき、

背中を後押しされていたんですね。
夫婦で性格というか、

人生の考え方が似ているのでしょうね。

お子さんについては、
情報がないのですが、
恐らく手術によって諦められたのかもしれません。

矢澤亜希子さんのバックギャモンの賞金や年収は?

日本ではまだまだ知名度は高くはなくとも、
海外では有名なバックギャモン。

その大会の賞金や年収も気になるところです。

2014年に矢澤亜希子さんが優勝した大会での賞金は
5万ユーロ(当時で680万円くらい)
だったそうです。

中には数千万円の賞金が出る大会も
あるようですが、
基本的に上位入賞者以外は賞金はゼロ。

プロは世界の大会に毎月参加しますが、
飛行機代やホテル代、参加費などを合わせると
1回の遠征あたり100万円ほどの費用がかかるので、

優勝、またはそれに準ずる成績を収めなければ、
大赤字になってしまいます!

ちなみに、
Sinquefieldカップという世界一レベルの高い人しか
招待されないチェスの世界大会で
優勝したら10万ドル(2014年頃)、

2012年にポーカーのトーナメントで優勝した
木原直哉さんは約50万ドルを獲得されていますので、

バックギャモンは賞金としてはあまり高くはないようですね。

2015年の時点では、

大会賞金や指導料で年間数百万円を稼ぎます

http://archives.mag2.com/0001014522/20150829170000000.html

とありましたので、
矢澤亜希子さんの年収は、その年の優勝回数などにも
よるのでしょうが、

1000万円を超えることは無いようですね。

世間や子供が憧れの職業として挙げるサッカーや野球などでは、
その年棒が注目されていますので、

バックギャモンをもっと世間に知ってもらうためには、
その賞金額が多くならなければ難しいのかもしれません。

バックギャモンについて詳しく知る
↓↓↓

バックギャモン協会HP

まとめ

バックギャモンを日本に普及させて、
将来的にはプロリーグを発足させたいと目標にしている
矢澤亜希子さん。

まだ、味覚障害やリンパ浮腫などの後遺症はあるのですが、
海外遠征を続けていらっしゃいます。

病気以来、「試合で負けても命は取られない」と
思えるようになってきたそうで、
もっと強くなっていきそうです。

困難にぶつかった時、
自分にとってなにが大切かをしっかりと考え、
行動をされてきた矢澤亜希子さん。

自分もそのように強く生きたいと思いました。

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