三島果帆(ノンフィクション舞妓の勝奈)の経歴や中学は?舞妓のなり方や芸者との違いは?

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ノンフィクションに出演の三島果帆さんは

15歳で入門し、勝奈という名前で

舞妓デビューをしました。

最初から全てが順調で、

入門以来、涙したこともないという

三島果帆さんですが、

今回のノンフィクションでは、

何かが起きるようですね。

三島果帆さんはどうして

舞妓を目指したのでしょうか?

これまでの経歴や学校などを

調べてみました。

芸者と舞妓の違いとは?

「芸者」と「舞妓」の違いですが、

結論から言えば、

芸者も芸妓も業務内容に違いはなく、

つまりどちらも「同じもの」だそうです。

どちらも舞いや唄、

三味線などの歌舞音曲の芸でお客を楽しませ、

宴席を盛り上げる、

おもてなしのプロフェッショナルなんですね。

一般に、舞妓(まいこ)は京都の

先斗町、上七軒、宮川町、祇園甲部、祇園東

のいわゆる

「五花街」において、

歌舞音曲の技芸をもって宴席のお客を

楽しませることを職業とする、

年若い女性を指します。

舞妓さん志望の女の子は、

中卒後から20歳前頃までの

「仕込み」

と呼ばれる見習い修行を

置屋での住み込みではじめます。

この時期に踊りや唄、三味線、茶道、

華道、接客や礼儀作法、しきたりなどを

徹底的に仕込まれます。

こうした昔ながらの置屋による

育成システムは、

現在では京都の五花街のみに残るものなので、

「舞妓」と言った場合は

京都に限定されるようです。

舞妓の修業期間を経て、

20歳前に置屋の女将や組合から実力を

認められた場合は、「襟替え」をして

一人前の芸妓となりますが、

プロの世界は厳しく、実際には独立せずに

舞妓を辞めて花柳界を去る人も少なくないそうです。

舞妓さんのなり方は?

舞妓になるには、

まず置屋という所属事務所兼下宿所に

所属しなければなりません。

かつては、何らかのコネクションが

必要といわれていましたが、

中卒以上の女性なら、

学歴や資格はいっさい問われずに、

志願者が各花街の組合などに

問い合わせれば、置屋を紹介してくれるそうです。

ただ、

採用・不採用は置屋の経営者である

「女将」の判断ひとつなのだそうです。

基本的に給料などの収入はないのですが、

その代わりに舞妓の生活にかかる費用の

すべては、衣装代や稽古代なども含め、

置屋が負担するしくみで、

月に1万円~2万円程度のお小遣いは、

自由に使うこともできるそうです。

一人の舞妓を育てて売り出すまでには、

数千万円の投資が必要と言われるだけに、

置屋にとって、

舞妓の育成には力を注いでいるようです。

三島果帆さん(勝奈)の経歴やプロフィールは?

三島果帆さんは、

千葉県船橋市立行田中学校に

通われ、

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管弦楽部で第二バイオリンの

パートリーダーを務めていたそうですね。

15歳で中学校を卒業すると、

置屋「大文字」に入ります。

三島果帆さんは、もともと舞妓さんに

なりたいという思いが強く、

高校に進学してほしいという

両親からは、反対されたそうです。

しかし、どうしても舞妓になりたかった

という三島果帆さんは、

「生まれ変わってでも舞妓になりたい」

と両親を説得!

15歳でどうしてもやりたいと

思えるものに出会えたことは、

幸せではありますが、

ご両親からすれば厳しい世界に進むことは、

心配でしょうし、

高校には進学してほしかったでしょうね。

やる気があるからか、

飲み込みも早く、

三島果帆さんは、

長唄や舞の師匠からは「筋が良い」と

褒められ、涙することもなかったそうです。

三島果帆さんの姉(先輩)となったのは

芸姑の「勝也」さん。

修行中の舞妓さんは、仕込みさんと呼ばれ、

舞妓さんになる前に必ず一人の

芸妓さんと姉妹になる御盃を交わし、

仕込みさんのうちは姉となった芸姑さんの

世話をし、

姉さんは実の妹のように面倒を見て、

妹は姉に尽くすという家族のような

間柄なのだとか。

2012年9月に入門した三島果帆さんは、

勝也さんに連れられて初めて髪を結い、

11月15日には、

舞妓・勝奈としてデビューされました。

ここまでは順調に来ていたのですが、

入門の翌年の2013年に、

順調だった三島果帆さんに影が差し始めます。

あるとき三島果帆さんは長唄の稽古に遅れ、

師匠を待たせてしまうという失態を犯し、

この頃から遅刻も増えて行ったそうです。

実は、

三島果帆さんは相談相手だった姉の

芸姑の勝也さんが

オーストラリアに語学留学してしまい、

不在だったそうです。

頼れる相手を失い、精神的に不安定な

状態だったんですね。

三島果帆さんは、人には弱みを見せない

ところがあり、

弱音が吐けない性格なので、

相当ストレスが溜まっていたのでしょうか。

まだ10代ですので、

無理もありませんね。

食事を食べてもすぐに戻してしまうなど、

体調にも支障をきたし、

心も体もボロボロ・・・・。

この時初めて三島果帆さんは

涙を見せたといいます。

2014年には頼りにしていた

勝也さんがオーストラリア留学から

帰国し、

パリで行われたジャパンEXPOのブースに登場。

この時は三島果帆さんは17歳になられています。

舞妓の勝奈さん、勝音さんの2人が

登場するブースが一際人気を集めていたそうですよ^^

それ以降のことが

今回のノンフィクションでは明らかになりそうで、

楽しみですね^^


https://a-sounanda.com/shimura-maiko

同じくノンフィクション出演の
志村理音さんの記事はこちら!

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