明石定子(昭和大学)の夫や子供は?乳腺外科医の実績と乳がん治療方針!高校大学は?

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乳腺外科医の明石定子氏は、

昭和大学病院で乳がん手術を約3000件

行なってきた医師で、

乳腺外科一筋25年という

超ベテラン医師です。

患者さんが「納得」する治療を施す

ということをモットーに診療に当たっている

明石定子さんは患者さんからの信頼も厚く、

その腕を頼って全国から患者が訪れるのだそうです!

病気の場所が女性特有の場所なので、

執刀医が同じ女性だと相談もしやすいでしょう。

明石定子さんの高校や大学などの経歴や、

乳腺外科医としての治療方針や乳がん手術の実績、

ママドクターとして活躍する明石定子さんの、

夫や子供などの私生活についても調べてみました。

明石定子(昭和大学)の年齢や高校大学などのプロフィールは?

https://www.shimadzu.co.jp/boomerang/37/04.html

名前  :明石定子(あかしさだこ)
生年月日:1965年生まれ
年齢  :53歳
出身高校:兵庫県立姫路西高校
出身大学:東京大学医学部
現職  :昭和大学病院乳腺外科准教授
取得資格:
日本外科学会指導医・専門医、
日本乳がん学会乳腺専門医・指導医・評議員、
検診マンモグラフィ読影認定医師、
日本がん治療認定医機構暫定教育医

兵庫県立姫路西高校は公立の進学校で、

兵庫県内でトップクラスの高校です。

やはり優秀なんですね。

現在、乳腺外科医として活躍されている

明石定子先生は、

外科医としてメスを執るだけではなく、

これまでにTV出演をされることを

通して、乳がん治療について私たち一般人に

わかりやすく伝えられるという

お仕事もされてきています。

具体的には、

2017年2月テレビ朝日
「命を救う スゴ腕ドクター」

2018年11月日本テレビ
「世界一受けたい授業」など

出演歴があり、

見たことがある方もいるかもしれませんね。

明石定子(昭和大学)の経歴は?

兵庫県生まれの明石定子先生は、

地元の進学校である姫路西高校を卒業後、

東京大学に進学。

大学時代の成績が良かったことから、

進学振り分け制度で理科II類から

理科Ⅲ類(医学部)に進みました。

このように明石定子先生は、

はじめから医師を目指していたわけでは

ありませんでした。

なんとなく研究職に就きたい

と考えていたそうですが、

研究一本より人に向き合う仕事のほうが

性に合っていると思ったことで、

理科Ⅲ類への編入を機に、

医師を目指し始めたと言います。

当時、男女雇用機会均等法が

制定された世代でしたが、

やはりまだ就職に男女の格差が

あった時代だったそうです。

医師なら男女差別のない仕事なのでは

ないかと考えていたそうですが、

実際はそうではなかったそうです。

性格的に自分は外科に向いている

と思っていた明石定子先生は、

男社会でもある外科医の世界に

迷わず進みましたが、

当時の外科医の上司から

「女の子が研修に来てもいいけど、

トイレないよ。ロッカーないよ。

それと当直室もないよ」

と辛辣な言葉を浴びせられます。

今ならパワハラとして訴えられそうな

レベルですが、

当時はこれが普通の時代だったそうです。

しかし明石定子先生はめげずに、

逆に奮起したと言います。

そして女性の先輩医師がいる

第三外科に入局され、

数々の手術に携わるうちに、

手術が楽しくてたまらなくなったそうです。

手術が楽しくてたまらないとは、

外科が相当あっていたのですね。

そして入局2年目には

国立がん研究センター中央病院外科

レジデントとして手術の経験を積み、

同乳腺外科がん専門修練医から医員となり、

2010年には乳腺科・腫瘍内科外来病棟院長を務め、

2011年より昭和大学病院乳腺外科准教授

を務めておられます。

とにかく手術がうまくなりたいと

修行に出ていった明石定子さんは、

向上心に溢れた方だということがわかりますね。

今では乳がん手術で

年間100例を超えることもあり、

通算手術経験数は3000件を超えると言います。

「神の手」と呼ばれ、

がん治療の最前線に立ち続けてきている

明石定子さんは、

自分自身が入職後苦労した経験から、

現在は女性外科医をサポートする

日本女性外科医会の役員も務め、

女性が働きやすい職場づくりにも取り組んでおられます。

明石定子(昭和大学)の手術実績や治療方針・モットーとは?

年間100件以上の手術を手掛け、

通算3000件以上の手術実績を誇る明石定子先生。

明石定子先生の手掛ける手術の

最大の特徴は、術後にあるそうです。

明石定子先生が診療をするにあたって

最も大切にするのは、

「患者さんが納得する治療を施す」

ということで、

ただがんを治すだけではなく、

患者が自ら治療法を選択し、

納得することで、

その後の人生を前向きに生きられると

考えているそうです。

まさにその通りですよね。

手術して終わり、ではなく、

患者さんの手術後の生活のことも考え、

診療に当たることが何より大切です。

外科手術の基本は

「悪いところは全て取りきること」

であり、

乳腺外科では乳房を摘出されるケースが

ほとんどだと言います。

乳管の内部にがんができ、

浸潤の度合いにしたがってステージが

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上がっていく点は胃がんなど

他の上皮がんと同じなのですが、

他のがんにはない乳がんの特徴に、

がん細胞の「広がり」という現象があって、

乳がんは浸潤がなくても乳管に沿ってがんが

広がっていくケースがあるのだそうです。

広がりが大きい場合、しこりが小さくても、

切除する範囲が大きく、

乳房温存治療が難しくなることもあります。

そういった場合に明石定子先生は、

丁寧に説明されます。

早期発見であったことを伝えつつも、

「『じつは、こういうがんの広がりが

あるので部分切除が難しい。

でも、切除する部分が大きくても、

がんの悪性度が高いということとは

また別なんですよ』

としっかり納得してもらうまで説明します。

時には、

専門の資格を有した看護師や

カウンセラーにも加わってもらい、

患者さんが納得するまで話すそうです。

乳房は「女性の象徴」とも言われ、

女性としては自分の乳房がなくなることは

本当に辛いことだと思います。

しかし明石定子先生は、

女性の辛い気持ちに寄り添い、

がんを切除して終わり、ということではなく、

切除した胸ができるだけ変形しないよう、

細やかな手技で形を整えるそうです。

そして現在勤務されている昭和大学病院では、

手術と摘出と同時に形成外科医が

乳房再建を行う術式を導入し、

患者さんの希望を最優先できるように

しているそうです。

2006年には自家組織の移植による再建術、

2013年には人工乳房を使った再建術が

保険適用となり、

再建を望む人が増えることが予測されたのですが、

しかし、実態はさまざまなんだそうです。

■形はどうでもいいからとにかく
『この子のために長生きさせてほしい』

と言う患者さんもいれば、

■『一緒にお風呂に入ったときに
子供がびっくりするといけないから再建したい』

と言う人もいます。

患者さんが術後の生活で何を一番大切にしたいのか、

それによって乳房に対する捉え方が

一人ひとり違うんですね。

明石定子先生は、

その後の状態がどのようになるのか、

どんな自分で生きていきたいか、

術後の写真などを見せながら、

しっかりお話しして、希望にあう治療を

患者さんとともに、

考えていくことを大切にしている医師なのです。

その姿勢は若い医師の目標にもなっているという

ので、

自らの仕事への姿勢が自然と後進の育成にも

つながっているようです。

とても素晴らしい取り組みですよね。

まさに「神の手」と言われるのも頷けます。

明石定子(昭和大学)の結婚した夫や子供は?

明石定子先生は私生活ではご結婚されており、

医師として働きながら、

30代後半には双子を出産されています。

そしてなんと、産後3ケ月で復職し、

夜中は授乳でほとんど寝られず

フラフラになりながら

手術に臨んでいたそうです。

双子を育てているだけで倍以上大変なのに、

産後3か月で復帰とは、凄すぎますよね。

子供が3歳になるまで当直が免除され、

実家の母親と義母がサポートしてくれた

そうですが、

双子の乳飲み子を抱えての外科医との両立は

想像以上のハードさだったと言います。

当時の明石定子先生は、

朝に病院で回診をしてから家に戻り、

子供を保育園に送り、

お迎えはファミリーサポートや母親に

お願いするといった連携で、

綱渡りするように育児と仕事を

やりくりしていたそうです。

やはりブランクがあくと手術の腕が

鈍ると言われているので、

そういう理由もあって早く復帰したのでしょうか。

それにしてもここまで頑張れるのは

本当に尊敬に値しますよね。

ガッツがある方だということがわかります。

そして明石定子さんがここまで

自分のやりたいことができているのも、

旦那さんの理解と協力があってこそだと思います。

自分の母親や義理の母親の協力も

得られているとあったので、

きっと家族みんなが明石定子さんの

仕事への熱意を理解してくれているのでしょうね。

「神の手」明石定子さんが誕生したのも、

こういった環境も味方してくれたからこそ

なのでしょう。

そして、調べてみても旦那さんの情報は

ありませんでしたが、

もしかしたら同業の方なのかもしれませんね。

夫婦そろって外科医、

なんてこともあるのかもしれません。

それにしても、

外科医としてオペの技術を磨くことを

極めようとすれば、

家庭を持ち子育てをすることは、

諦めなければならないとおもいますし、

無理なことだと感じますが、

明石定子先生は、両立させてきました。

「難しい状況でもやらずに後悔するよりも

やって後悔しようと思う性格。

大変であればあるほど楽しそうですね、

と言われたこともあったかな。

私は忙しいほど幸せなんです」。

https://www.joystyle.net/articles/174

明石定子先生は、外科医として働く

女性医師が結婚・出産を経ても働きやすいような

職場づくりもされており、

また自らがそういう道を歩み、

乳腺外科のトップにいることで、

後進の励みになっています。

明石定子(外科医)の年収は?

明石定子さんの気になる年収についても

調べてみました。

一般的に外科医では

30代で1000万円、

40代で1200万円程度のようですが、

明石定子さんは「准教授」という役職もあり、

さらには講演会やテレビ出演も

沢山されているので、

もう少し収入がありそうですね。

子どもを持つ女性でありながら

男性以上に稼いでいる明石定子さん。

かっこいいお母さんですね。

まとめ

女性がかかるがんの中でもっとも多い

と言われている乳がんですが、

現在は手術から化学療法まで、

治療法もめまぐるしい進歩を遂げています。

その最前線をいく明石定子先生は

「神の手」と言われ、

その腕を頼って全国から患者が

訪れているそうです。

これまでおよそ3000件を超える

乳がん手術を任されてきた明石定子先生は、

患者さんが納得する治療を心がけており、

数々の患者さんのその後の人生を変えてきました。

最近ではテレビ出演も多くなっているので、

今後も沢山の患者さんが明石定子さんを頼って

全国から訪れることが予想されます。

1人でも多くの患者さんの命を救ってほしいですね。

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