竹田寛行は御所実業高校ラグビー部監督で実績は?指導法や練習メニューがスゴイ!

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竹田寛行氏は、

御所実業高校ラグビー部監督で、

現在は57歳です。

御所実業高校ラグビー部はもともと、

部員の数が二人という状況から始まり、

選手とともに努力を重ね、

全国大会の常連校になるまでに

ラグビー部を成長させた実績をお持ちです!

今回は敏腕監督と名高い竹田寛行氏の

経歴や指導法などについて調べてみました!

竹田寛行監督のの年齢や高校大学などのプロフィールは?

https://rugby-rp.com/column.asp?idx=108897&code_s=10061011

名前:竹田 寛行(たけだ ひろゆき)
生年月日:1960年生まれ
出身:徳島県
高校:徳島県立脇町高校
大学:天理大学

竹田寛行御所実業高校監督の経歴は?

竹田寛行さんは地元徳島県の脇町高校で

ラグビーをはじめました。

No8のポジションで活躍して

高校卒業後に奈良県の天理大学に進学します。

天理大学卒業後に奈良県の体育教員となり

1989年(平成元年)に

御所実業高校の前身である

御所工業高校に赴任します。

その後、現在まで26年間御所実業高校を

率いて全国屈指の強豪と呼ばれるまでになりました。

御所実業高校とは?

御所実業高校は

1952年から1958年までの6年間を現在と同じ

御所実業高校という名前でしたが、

1958年にそれまで存在していた

農業課程を切り離して工業高校になります。

1958年から2007年まで

御所工業高校という名前でした。

竹田寛行さんは1989年に

御所工業高校に赴任していますから

18年間を御所工業高校、

それ以降を御所実業高校で指導していた

ということになります。

校舎などに変更はなく御所東高校と

統合して御所実業高校として

再スタートしています。

子供の人口が多い時に分離して

子供の人口が減って再統合・・・

といったところでしょうか。

25000人余りの奈良県で一番人口の

少ない市であることも

関係しているかもしれません。

ラグビー部は統合後の2008年に

初の全国大会出場を果たしていて

2012年、2014年にも全国大会に

出場していずれも準優勝を果たしています。

御所実業OBの著名人も

ほとんどがラグビー選手となっています。

竹田寛行御所実業高校監督の実績は?

竹田寛行さんが御所工業高校に

保健体育の教諭として

赴任した時にはラグビー部には

3年生2人しか部員がいませんでした。

部室にはゴム製の球が2~3個あるだけで、

部員勧誘が最初の仕事だったそうです。

ラグビーは1チーム15人で行うスポーツです。

一学年で1チーム作れない。

ということは

他の競技でも聞くことがありますが、

部に2人しかいないとなると

ラグビーをすることもできません。

徳島県の高校でラグビーを始め、

天理大や社会人チームでもナンバー8などで

プレーした竹田寛行監督は、

体格の良い生徒を

体育の授業などで見つけると、

片っ端から声をかけ、

やんちゃで気の強そうな生徒には、

説得のために何度も家庭訪問し、

生徒の保護者から警察に通報されたこともあったそうです。

こうして1年生17人を含む約30人が集まりました。

部員たちと「秘密」を共有することで

結束を高めようと、

週に1回ほど校内合宿を敢行。

人けのなくなった教室に布団を持ち込み、

窓には明かりが漏れないよう新聞紙を

貼り付けて泊まり込む。

朝は誰も登校しないうちから練習を始め、

こうして

やる気のなかった子供

目つきは変わっていったといいます。

竹田寛行監督の事故とは?

しかし、手応えを感じ始めていた矢先に

事故が起きてしまいます。

2年目の5月、

練習試合中のスクラムで2年生部員が

頸椎(けいつい)を損傷し、

2カ月後に亡くなってしまっらのです。

「僕がラグビー熱に火を付けなかったら、
こんなことにはならなかった」

と部活動を自粛。

やっと打ち込めるものを見つけた部員たちからは

「花園に連れて行くぞと言っていたくせに。
嘘つき」

と非難されてしまいます。

竹田寛行監督は、

教師を辞めようと思い詰めていた時、

亡くなった生徒の両親から

「息子が生きていたことの証しを
表現してほしい」

と言われ、

気持ちが前向きになった竹田寛行監督は、

約半年後に活動を再開。

1991年の夏には

「命日に合わせて追悼したい」と

数校に声をかけて交流試合を行いました。

「御所ラグビーフェスティバル」と

名づけた行事は以来、毎夏の恒例となります。

亡くなった生徒さんの生きた証である

この行事は、

御所実業高校ラグビー部にとって、

とても大事な行事になるんですね。

部員を集めること。

集まった部員をラグビー選手に育てること。

同じ奈良県の強豪校である

天理高校を倒すこと。

指導者として多くのハードルを一つずつ

超えていった竹田寛行監督は、

2008年には全国大会準優勝を果たして

関西の強豪校ではなく

全国屈指の強豪校としての道を歩んでいます。

竹田寛行御所実業高校監督の指導法や練習メニューがすごい?

竹田寛行さんは現在自宅を改築して

選手寮として生徒を受け入れています。

奥さんも食事や身の回りの世話に

奔走しているそうです。

生徒の日常生活から管理、指導しています。

ゴミが落ちていたら見て見ぬ振りをする

人間が多い中、

ゴミを拾える人間になるよう指導しているようです。

生徒がそのままラグビー選手で

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いられることは稀であり、

ほとんどの生徒が最終的に

会社員となったときの事を考えて指導しています。

競技を行うにあたり技術や戦術は

とても大事なのですが、

小学生から高校生までのジュニア世代には

指導を受けるための教育ともいえる

躾に近い指導する必要があります。

競技を行うにあたり

両親をはじめとする家族、

指導者や地域の人たちの応援があって

はじめて競技に取り組めることを

スポーツ選手は忘れてはいけません。

そのために謙虚に物事を受け止め

練習に打ち込んでいけるよう

道筋を立てるのも指導者の大切な役目です。

竹田寛行さんは長年に渡り

高校生を指導する中で、

競技以前の人間教育の重要性を

感じたからこそ自宅を改築してまで

生徒を受け入れたと思います。

技術的な指導については

御所実業はモールを多用するチームです。

これは御所実業の壁となる

奈良県内で最大のライバルでもある

天理高校の高速ラグビーに対抗するため

のものであるとのことでしたが、

今度は御所実業のモールに対抗するため

天理高校もモールを強化するという

順にお互いモールを多用しているようです。

モールとは3人以上の選手が立ったまま

ボールを保持して、

ボールを持っていない選手が

ボールを持っている選手を囲む形になるプレーです。

密集したところで両軍の選手で

押し合うわけですから試合の流れは

スローになるわけです。

高速ラグビーの対応策としては確かに有効ですね。

御所実業ではモールの展開に

バリエーションを持たせて

ラインアウトからだけではなく、

試合の流れの中からも

モールを組めるよう練習しており、

試合に活用しています。

来るものは拒まない竹田寛行さんの

性格からか週末には毎週のように

強豪校が練習試合に来ることも

高校ラグビー界では有名なようです。

後述の御所ラグビーフェスティバル

だけではなく

毎週のように練習試合をしていることは

非常に効果の高いトレーニングです。

やはり実戦から得るものは大きいですから

伸び盛りの高校生ラガーマンには

最適な環境だと思います。

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO12338150R30C17A1US0000/

御所ラグビーフェスティバルとは?

毎年夏に御所実業高校が運営する

「御所ラグビーフェスティバル」には

6日間の日程で30校以上の

高校のラグビー部が参加します。

地元奈良県のある関西地区のみならず

全国からしかも各地区の強豪校と

呼ばれるレベルの高校が集まり

共に汗を流す6日間とのことです。

20分という短い時間の試合を

一日中行うことで実戦感覚を養います。

天理高校の後塵を拝んでいた

御所実業同様に

京都の京都成章や愛知の春日丘など

同じ境遇の高校も多く参加しています。

名門天理高校に挑み続け、

倒していることへの評価の高さではないでしょうか。

御所実が花園で活躍するにつれ

「強さの秘訣を知りたい」と参加校が増え、

東海大仰星(大阪)

大阪桐蔭(同)

石見智翠館(島根)

中部大春日丘(愛知)

など全国レベルの強豪が集い、

数多くの実戦経験を積む

貴重な強化の舞台となっています。

他チームへの技術指導を

惜しまない竹田寛行監督。

手の内地をさらすことで、

試合で損をするのが分かっているのに、

細かく指導する姿は、

人を引き付ける魅力がある人間性もあるでしょう。

指導者として、

一度に多くのチームを見られる

メリットがあり、

包み隠さず公開することで、

新たな指導方法を模索するモチベーション

にしているかもしれません。

またこの御所ラグビーフェスティバル

の運営は御所実業のラグビー部が

地元の人たちと行っていて

駐車場整理などの雑務も部員が

行っているそうです。

竹田寛行は

「おもてなしの心を学ぶことは

ラガーマンとしての成長にも必ずつながる」

としています。

ここでも後々の社会生活に対応できる

教育を行っているんですね。

スポーツだけできる人間ではなく、

心も育てようとする指導者なのですね!

竹田寛行御所実業高校監督の家族は?

長年に渡り奈良県の高校ラグビーの

発展に尽力している竹田寛行さんですが、

4人の息子さんと奥様の6人家族のようです。

現代ではなかなか大家族ですね!

奥様は自宅を改築した寮で

過ごす選手のための食事の準備や

身の回りの世話を行っています。

また息子さんは4人とも御所実業の

ラグビー部出身で

宣純選手(現トヨタ自動車ヴェルブリッツ)

祐将選手(現トヨタ自動車ヴェルブリッツ)

の2人は今も現役でプレーしている

ラグビー選手です。

祐将選手が四男ということなので

宣純選手は三男なのでしょうか。

四男の祐将選手は高校時代に

主将を務めており

公私共に父が厳しかったというものの

寛行さんは主将に任命するくらいですから

祐将選手を評価していたはずです。

寛行さんのお父さんも

ラガーマンだったとのことです。

寛行さんの父、善行さんは

昭和17年の全国大会に

徳島県脇町中のフッカーとして出場しますが

惜しくも2回戦で敗退したそうです。

その後寛行さんも選手時代に

花園には行けず、

宣純選手、祐将選手ともに

全国準優勝で終わってしまっています。

次は宣純選手、祐将選手の

子供世代になります。

善行さんから3世代掛けて

全国準優勝まできました。

次の4世代目でぜひ全国制覇を果たせるのでしょうか?

今後の竹田寛行さん率いる

御所実業高校ラグビー部とともに、

応援したいところでもありますね。

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