村上千明(デザイナー)と息子の年齢や経歴と洋服の作品は?夫の職業は?

激レアさんに出演した村上千明さんと
息子の村上亮太さん。

自分では全く知らないうちに世界が認める
洋服デザイナーになっていた主婦と
その才能を見出した息子

だったのですね~。

親子で洋服のデザインに関わっているとは素敵ですね!

そして二人のデザイナーの夫であり、
父でもある、

村上千明さんの旦那様はどんな方なのでしょうか?

これまでの作品や年収などを調べてみました^^

村上千明さんの年齢などのプロフィールは?

http://www.deedfashion.com/news/ryota-murakami-kaigaten/

名前:村上千明
生年:1957年
在住:兵庫県加古川市
年齢:60~61歳

村上亮太さんの年齢などのプロフィールは?

https://www.fashion-headline.com/article/4329/40573

名前: 村上亮太(むらかみ りょうた)
生年: 1988年
出身: 兵庫県加古川市
年齢: 29~30歳

村上千明と息子亮太の経歴は?

お二人のデザイナーとしての経歴は、

2013年渋谷PARCO絶命展で作品を発表し、

その後アイドルグループでんぱ組への衣装提供、

ミラノ百貨店「リナシェンテ」での
ウインドウディスプレイを担当する。

インターナショナルコンペティション
ITS2014にてファイナリストとし作品を発表。

2014年より「RYOTA MURAKAMI」として活動を始めています。

2016年「第93回東京レザーフェア」の
会場9階に於いて、
オリジナルレザーファッションショーを開催、

http://www.bagzn.com/93rd-tokyo-leather-fair-fashion-show/

同じく2016年には個展も開かれています。

http://www.deedfashion.com/news/ryota-murakami-kaigaten/

VOGUE ITALIAが主催したイタリアの百貨店
「リナシェンテ」のウィンドウを手掛けるなど、

活動は多岐に渡っています!

息子の村上亮太さんの生い立ちは?

息子の村上亮太さんは、幼いころ、
母親の村上千明さんが作ったリボンなどが付いている
女の子が着るような服を着ていたそうです。

それまでは、自分の服装を意識したことは
なかった村上亮太さんですが、

小学3年生の時に転校した時に、
そこで初めて

「村上クンの服なんなの?」と言われ、
転校して不安な時期だったこともあり、
ショックを受けて半間ぐらい不登校になったそうです。

そして、その時に初めて、

村上亮太さんは自分が着ているものを意識すると同時に、
母親を馬鹿にされたような気持ちになって、
すごく傷付いたのだそう。

そのことを母の村上千明さんに言うと、
すぐに皆と同じ服を買ってきてきれたのですが、

プーマの偽物みたいなもので
それもまたなんかズレてる服だったとのこと(笑)

それ以降、村上千明さんは服を作らなくなったようです。

そして、洋服を亮太さんは自分で選ぶようになり、
興味が出てきたそうです。

息子の村上亮太さんの経歴や服飾学校は?

はじめは皆と同じ格好がしたいから
洋服に興味を持った村上亮太さん。

その延長で中学、高校くらいから
漠然とファッションの仕事がしたい
と思うようになり、

高校2年生くらいの時に、
雑誌の「マルジェラ特集」みて、
ファッションに純粋に感動し、

それからデザイナーという職業への憧れが
どんどん強くなっていったそうです。

高校卒業後は、
上田安子服飾専門学校に入学。

卒業後は、
「リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)」で
アシスタントを経験されています。

インターンという形で勉強しながら、
「ここのがっこう」に通いました。

「ここのがっこう(coconogacco)」は
デザイナーの山縣良和氏が主宰するデザイナーの学校です。

ファッションクリエーションを学ぶ事によって、
世界で活躍するクリエーターを輩出することを目的とし、
うつりゆく社会の感情を理解し、
表現するこころを育てるのだそうです。

詳しくは ここのがっこうHP

デザイナーの山縣良和氏にはとても刺激を受けたようで、

アシスタントを務めていたようです。

村上千明さんがデザイナーになったきっかけは?

「ここのがっこう」では、
最終的に海外のコンペにチャレンジするという
ひとつの目標があり、

みんなコツコツ作業を進めて行く中、
村上亮太さんは1年の学期のうち、
10か月間くらい何もできず、

あと2か月ぐらいしかない状況でも、
デザイナーとして自分らしいものは何かと悩み、

うだつの上がらない状態が続いていていました。

そこで、
自分が洋服に興味をもった原点、
他人と違う点を考えた時、

母親の村上千明さんが作る洋服を思い出します。

実家から当時の洋服を郵送してもらい
「自分もこういう服を作りたい」と思った亮太さん。

すがる思いで母にデザイン画を依頼し、

デザイン画を描いて欲しいと連絡したのが、
始まりだったそうです。

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http://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/84/6/

そしてそのデザイン画が入っているダンボールを、
学校でみんながいる前で開けると、
割とクラスのみんなから共感をもらえたそうで、

幼い時に馬鹿にされていた
母親が描いたもの、
母親が作ったものを、

改めて評価してもらいたいという気持になったそうです。

これらの過程を機に二人での制作活動が始まりました。

息子の亮太さんは思春期の頃から、
母の千明さんと関わりが薄くなっていったそうですが、

二人でデザイナーの仕事をするうちに、
変わっていったそうです。

音楽も歌も絵も、こういうデザインの仕事も
全部芸術やと思うんですけど、
わたし、ほんとにファッションというか
芸術に興味がなかったんですよ。

それが、こういうところにちょっとだけ
足を踏み入れさせてもらって初めて、

芸術ってひとそれぞれなんやって気づいたんです。

みんなそれぞれの主張があるんやなって思って。

音楽とか絵だけじゃなくて、
誰かひとが携わったものなら、
そのひとの気持ちや感性が入ってるもんやと思えてきて、

初めてあの子の気持ちがわかったような気がするんです。

http://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/84/7/

二人で作品を創ることで、

母親の千明さんは息子の亮太さんを
理解することができたようです^^

そして、亮太さんにすごく感謝しています。

絵を描くことで自分に気がついたし、
あの子のことや他のひとや、
世の中のことにも気がついた。

その点はすごくよかったと思います。
すべてあの子に感謝ですよね。

これまで絵を観に行くなんてしたことなかったけど、
この歳になって、観に行ってみようという気になってますね。

「世のなか全部感性や」って思うようになって、
ゆとりができたのかな。自分が豊かになった気がします。

http://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/84/7/

専業主婦で、自分価値観にとらわれていた村上千明さんですが、

洋服のデザインを通じて、

いろんな価値観に触れ、

もともと備わっていた自分の感性が

磨かれていったようです。

村上千明さんの旦那は?

村上千明さんの旦那様に関しては、

特に情報はありませんでした。

また、息子の村上亮太さんに兄弟がいるのかどうかも

不明でした。

奥さんや、息子さんがクリエイティブなお仕事をされているので、

旦那様は逆に至って普通の会社員だったりするのでしょうか?

専業主婦だった村上千明さんの活動を見守る

優しい旦那様なのかなぁと想像します^^

村上千明(おかん)と亮太(息子)の作品は?

http://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/84/

千明さんのデザイン画

http://tavgallery.com/murakami/

亮太さんが服にすると・・・


Twitterより出典

千明さんのデザイン画

http://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/84/6/

亮太さんが服にすると・・・

http://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/84/6/

村上千明さんは、

ご飯を作りながらの片手間で

ほんの数分で書き上げ、

色付けまで仕上げるのだそうですよ!

スゴイ才能ですよね!

まとめ

今でも母親のデザイン画を見せるのは、
正直恥ずかしいという息子の村上亮太さん。

しかし、昔はバカにされていたものが、
今はファッションとして成り立っており、

お母さんの千明さんが認められたようで
嬉しいでしょうね^^

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