遊佐克美の年棒がすごい!?結婚して嫁と子供は?高校や経歴を調査!

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12月27日放送のバナナマンのほとんど誰も知らないスポーツの世界に

インドで超有名サッカー選手の遊佐克美選手が登場します!

日本ではサンフレッチェ広島に所属していた遊佐克美選手。

インドのサッカーリーグでの年棒はどのくらいなのでしょうか?

結婚してお子さんはいるのでしょうか?

気になる日本リーグ時代の経歴などを調べてみました!

遊佐克美選手の年齢などのプロフィール

名前    遊佐克美(ゆさ かつみ)
生年月日  1988年8月2日(29歳)
出身地   福島県福島市
中学    福島市立信陵中学校
高校    広島県吉田高等学校
身長    168cm
体重    63kg在籍チーム モフン・バガンAC
ポジション MF / DF
背番号   10
利き足   右足

日本のサッカー選手は他のアスリートに比べると、身長はやや低めなんでしょうか?

日本の成人男性の平均が171㎝なので、やや小柄ですね^^

遊佐克美選手は

Jリーグサンフレッチェ広島ユースに所属していたのですが、

Jリーグのサンフレッチェ広島ユース所属の選手は

広島県吉田高等学校に在籍することを義務付けられているそうです。

故郷を離れ、勉強とサッカーの繰り返しの毎日でしたが、

ホームシックになることもなく、サッカーに励んでいたようで、

目標があると強いんですね!

遊佐克美選手の経歴は?

遊佐克美選手は兄弟の影響でサッカーを始めます。

小6の2000年の全日本少年フットサル大会出場し大会優秀選手に選ばれましたが、

中学1年のときは陸上部に所属していたそうです。

中学3年の2学期終了後に福島から広島の中学に編入。

高校生の2004年、広島ユースに入団。

(同級生は平繁龍一・野田明弘・金山隼樹・藤澤典隆選手)

持ち前の激しい運動量をベースに頭角を現し、

高校2年生でボランチや左SBとしてレギュラーをつかみます。

高校3年時はキャプテンを務め、Jユースカップ優勝に貢献

2007年にサンフレッチェ広島のトップ昇格、同期入団は平繁龍一選手。

主にボランチや左アウトサイドで起用され、同年5月ナビスコカップでプロデビュー。

同年12月にリーグ戦デビューした。

しかしその後は負傷やチーム内の競争に苦しみ、

満足な出場機会は得られなかったようです・・・。

2009年3月に、ツエーゲン金沢へ期限付き移籍。しかし金沢でも出場機会には恵まれず、

同年8月には広島・金沢双方との契約を解除し、

FC岐阜SECONDへ完全移籍し、主力として活躍。

2010年1月からパラグアイに渡りパラグアイ2部のクラブの入団テストを受け

同年3月にパラグアイ2部のスポルティボ・サン・ロレンソ(英語版)と契約。

2011年からインドIリーグのONGC FCに所属。

2016年10月、日本人初のISL(インド・スーパーリーグ)選手になる

ISLとは、既存の国内リーグ(Iリーグ)とは別に、
10月から12月にかけて行われる新しいリーグ。
世界中の(元)スーパースターが期間限定でプレーすることで知られ、
これまで
アレッサンドロ・デル・ピエロ(元イタリア代表)、
ニコラ・アネルカ(元フランス代表)、
ロベルト・カルロス(元ブラジル代表)といった
往年のレジェンドたちがインドに渡って話題になった。

遊佐克美選手は結婚してる?嫁や子供は?

遊佐克美選手は2015年8月8日に入籍しています。

とても美人な方です^^

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遊佐克美Facebookより出典

奥様はインドで一緒に暮らしていましたが、出産を機に、

日本に戻られたようです。

ナマステー。

昨日の8月8日に入籍いたしました!!

2011年にインドに来る直前から付き合い始めて、色々ありましたが彼女の支えもあってここまでこれました!!

本当に感謝しています。ありがとう!!

新婚生活は10月からコルカタで始める予定です。

これからたくさん大変な事があると思いますが、2人で力を合わせて頑張っていきますので応援よろしくお願いします!!

話は変わり、今日コルカタリーグが開幕します。

また新たなシーズンが始まりますが、今シーズも地に足をつけて、自分を信じて、仲間を信じて戦っていきます!!

今シーズンはいろんな意味でチャレンジのシーズンになります。

人としてサッカー選手としてもっともっと成長していきます。

ジャーターフン。

https://www.penalty.co.jp/blog/katsumi_yusa/article/006561/

お子さんは2017年9月13日に生まれています。

遊佐克美Facebookより出典

とてもしあわせそうですね^^

遊佐克美選手の年棒は?

遊佐克美選手がインドに渡った当初は、

給料は1カ月で約25万円だったそうです。

元Jリーガーとしては、少ないですね・・・。

でもそれ以上にインドの環境が厳しかったようです。

アウェー戦への移動のため、丸2日間電車を乗り続けたり、

移動した先の練習場にクラブハウスはもちろん、

トイレがないことも。

グラウンドの片隅で用を足すのが当たり前だと知って驚いたそうです!

トイレットペーパーを忘れ、代わりに靴下でふいたこともあり、

インドでのプレー後、

いずれはヨーロッパでのプレイを志していた遊佐克美選手でしたが、

どんどん心がすさんだようです・・・・。

日本とは環境が違いすぎて、モチベーションも下がっちゃいますよね・・・。

しかし、3年目に意識を変え、

「ここで生きていくしかない」と決意。

環境について文句を言うのをやめ、

さらに、ピッチ上でも、

周りの選手に対して

「なんでパス出せないんだ、追いつけないんだ」と思うこともやめたそうです。

心境の変化は仲間に伝わり、パスがよく届くようになります。

主力として活躍し、翌年には年俸約1000万円に!

4年目から在籍したモフン・バガンではリーグ優勝。

年俸約2000万円を得るまでに成り上がります。

「行きたいと思って来たわけじゃないけど、

サッカー以外の部分でもいい経験をさせてもらった」

という遊佐克美選手。

ここまでくるには相当の努力があったことでしょう。

なかなかできることじゃないですよね。

ちなみに、

インドの一般人の平均月収は

200ドル(約2万2000円)~300ドル(約3万3000円)ほどで、

インドのスーパーリーグの選手の平均年俸は、

インド人選手が約4万ドル(約440万円)
外国人選手が約6万ドル(約660万円)ほど

程らしいので、遊佐克美選手が特別な待遇を受けていることが良くわかりますね!

遊佐克美選手の引退後は?

ユース時代に控えに甘んじていたとき、

ユースの森山監督からかけられた言葉

「走ることにスランプはない」が、

厳しい環境を生き抜く中で支えにしてきたそう。

苦しい状況でも諦めなければ前に進める。

この考え方が

遊佐選手の強さになったのだという。

「インドではサッカーは生きるためのピッチでの戦い。

そういう場所で経験をして、伝えられるような指導者になりたい」

将来は森山監督のような熱い指導者になることが目標なんだそうです!

まとめ

日本とインドの超遠距離の結婚生活の中、しっかりと結果を出している、

遊佐克美選手。かっこいいですね!

これからも注目の選手です!

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