芳田司の高校大学と柔道の経歴や成績は?得意技や家族の父や母と兄弟は?

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芳田司(よしだつかさ)選手は、

女子57キロ級の柔道選手で、

これまでの経歴・実績がスゴイ選手です!

現在はコマツ女子柔道部に所属し、

世界ランキング1位という実力者です!

柔道好きの人であれば一度は聞いたことが

あるお名前だと思いますが、一般的には

知名度が高いというわけではないのですが、

女子柔道界で東京オリンピックでの

活躍を期待されている選手の一人です。

今回はそんな芳田司さんのプロフィールや経歴、

得意技や家族情報についてご紹介します。

芳田司の年齢や出身などのプロフィールは?

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181122-00399702-nksports-spo

【名前】芳田司(よしだつかさ)
【生年月日】1995年10月5日
【年齢】23歳
【出身】京都府
【高校】敬愛高等学校
【身長】156cm
【リーチ】156cm
【血液型】A型
【段位】弐段
【組み手】左組み
【職業】柔道選手

幼少時は女の子ながら力を持て余す

「きかん坊」だったという芳田司選手。

生まれながらに戦う素質があったのでしょうか?

どんな経歴で今の芳田司選手が

誕生したのか、経歴をまとめてみました!

芳田司の柔道の経歴や実績は?

芳田司さんは1995年10月5日に京都府で

出生しました。

そんな芳田司さんが柔道を始めたのは

小学校2年生のときのことです。

小学校2年生は一般的にスポーツを始める

年齢として主流ですが、

プロ選手は3歳、4歳などの幼少期から

始めることが多いので、

選手の中では比較的遅い年齢で

柔道を始めたほうでしょう。

柔道は投げたり、倒したり、当たりが強いですので、

幼いころは心配ですよね。

芳田司さんの家族は柔道経験が

あったわけではないですが、

芳田司さんが試合となれば

全国どこにでも応援に駆けつけるほど

応援していたそうです。

小学校5年生のときには

初の全国大会の出場。

全国小学生学年別柔道大会40kgにて

初出場ながら3位に耀きました。

翌年の6年生のときにも45kg級で3位でした。

小学生のときの芳田司さんの成績は

関係者から注目されていて、

福岡県の敬愛高等学校から

「中学を卒業したら、うちへ進学して欲しい」

という声が来ていたそうです。

小学生の時点では、まだまだ技術は発展途上だと

思うのですが、

その時点でスカウトの声がかかるということは、

将来性が十分に感じられる、まだまだ伸びしろがある、

潜在能力はスゴイ!

ということでしょうね。

人一倍実力が光っていたのでしょう。

すぐにでも高校に進学したかったでしょうが、

とりあえず小学卒業後は中学校に進学。

中学は全国大会で活躍していた

1歳年上の田代未来選手に影響されて、

京都府から神奈川県に引越し。

相武館吉田道場に入門して寮生活を始めました。

中学入学してすぐには近代柔道杯で優勝。

2年生のときには全国柔道大会、

マルちゃん杯の団体戦でも

エースだった田代未来と活躍して

団体戦で優勝を勝ちとりました。

中学女子では史上初となる

中学団体3冠を達しして、

柔道界から注目されるニュースとなりました。

3年生のときには

全国中学柔道大会57kg級決勝で

松山東南中学1年生の嶺井美穂選手を破って

優勝を飾りますが、

同大会の団体戦では5位という結果です。

そんな中学時代を卒業してからは、

小学時代から声がかかっていた

福岡県の敬愛高等学校に進学しました。

入学してすぐの大会、

全日本カデ柔道体重別選手権大会にて

優勝を飾り、高校柔道生活のスタートを飾りました。

翌月には、

全日本カデ柔道体重別選手権大会を優勝し、

ドイツカデ柔道体重別選手権大会に出場。

芳田司さんは中学時代から憧れていた

国際大会に出場できて嬉しかったそうです。

ちなみにその大会でも優勝!!

しかし、世界カデ柔道体重別選手権では

準決勝で負けてしまい、

3位という結果になりました。

初の世界大会で優勝、同大会の世界カデでも

3位という功績には驚きです。

しかも、高校に進学してから

4ヶ月のことだったので、

芳田司さんにとっては濃い4ヶ月になったでしょう。

その後も順調に大会で良い成績を収めて、

3年の時には

4月のロシアジュニア国際決勝で

ブラジルの選手を破って優勝しました。

同年10月の世界ジュニアでは

3回戦で敗れたものの、

12月のエクサンプロヴァンスジュニア国際大会では

優勝を飾り、

高校最後の大会を有終の美で飾ることができました。

高校時代、国内の大きな大会、

いわゆる全国大会で好成績を収めた

柔道選手は多いですが、

芳田司さんみたいに高校時代から

世界で活躍人は少ない印象があります。

芳田司さんは学生時代から柔道を

熱心に取り組んでおり、

日ごろの練習の成果が

学生時代の好成績に繋がったのでしょう。

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高校を卒業してからはコマツの

管理部管理グループに配属されて、

コマツの柔道部選手としての

スタートも切りました。

入社直後はコマツのハードな練習に

戸惑っていたこともあって、

これまで培った組み手や打ち込みも

上手いこと通用しませんでした。

そのような感じで柔道の練習について

迷うような日々を過ごしていたのですが、

同年7月のポーランドジュニア国際では決勝戦まで進み、

三井住友海上の玉置桃選手に負けてしまい、

2位という結果になりました。

惜しくも優勝を逃したのですが、

コマツに入社してから練習に関して

悩んでいたのにも関わらず、

このような結果を残したことは芳田司さんの

苦しい日々の練習のおかげだということがわかります。

そんな芳田司さんの

プライベート情報についても気になったのですが、

プライベートな情報は出回っていませんでした。

現在IJF世界ランキングは6060ポイント獲得で、

世界ランキング1位の芳田司さんですが、

今後どこまで1位を維持していくのか見物ですね。

芳田司の得意技は?

芳田司さんの得意技や柔道スタイルに

ついてご紹介していきます。

芳田司さんは左組から内股を始めに、

足技や抑込技などの寝技を得意とする選手です。

身長が低いために相手を太ももではなく

尻に乗せて投げる「ケツ股」といわれる

芳田司さん独自の得意技もあります。

https://zoompac.exblog.jp/30069862/

「跳ね腰」と「内股」の

ハイブリッド技のようですね。

中学時代は帯取り返しの練習を

熱心に取り組んでいたこともあって、

前述で紹介した得意技と共に

自分の技にしていきました。

また柔道とは少し違った練習方法ですが、

幼少期から長距離走を

積極的に取り組んでいたこともあって、

持久力戦に持ち込んだ場合は

かなりの自信があるそうです。

そのような感じでオリジナルの練習方法で

高校時代までは柔道を取り組んでいたのですが、

コマツに入社後は監督の松岡義之さんに

練習方法を全て変えられました。

最初は不慣れの部分もあったそうですが、

松岡義之監督の練習方法におかげなのか、

柔道選手としてのスキルを着々と挙げています。

芳田司の父や母など家族や兄弟は?

最後に芳田司さんの家族情報についてご紹介します。

前述でも紹介したように芳田司さんのお父様は

芳田司さんを小さい頃から応援している

ファンでもありました。

芳田司さんが出場する試合は国内だけではなく、

外国など場所を問わず応援しに行っていました。

そんなこともあって「THE 自由人」としても

有名な人です。

そんな芳田司さんのお母さんの

情報についても気になったので調べたのですが、

インターネット上では芳田司さんの

お母さん情報は出回っていませんでした。

芳田司さんの両親は一般人ということもあって、

情報が出回らないのは普通でしょう。

試合観戦には行っていると

思われますので、

今後、オリンピックなどで、

活躍されたらTV出演などで紹介されるかもしれませんね。

ちなみに芳田司さんは3人姉妹の次女とのことです。

しかも、3人ともスポーツ系の血筋なのか、

お姉さんの優さんは学生時代に陸上部に所属。

妹の真(さな)さんは48kg級の柔道選手として活躍し、

滋賀県の比叡山高校の柔道部に所属されています。

第40回全国高等学校柔道選手権で優勝し、

柔道グランドスラム2018、女子48キロ級にも

出場している実力者ですね!

http://www.ejudo.info/newstopics/003466.html

まとめ

いかがでしたか?

今回は柔道選手の芳田司さんについてご紹介しました。

芳田司さんは学生時代から

熱心に柔道に取り組んでおり、

世界大会の出場も豊富な選手です。

2020年に開催される

東京オリンピック出場も注目されています。

誰もが期待している東京オリンピックでの

好成績のために日々の練習を頑張っている

芳田司選手を応援したいですね^^

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